第10話
あれは3か月程そのヨガサークルに通った頃だっただろうか。
隣の男が声をかけて来た。その男は話した事は無かったが私が行くときによく顔を合わせていた顔なじみだった。
「やあ、結構続いてるようだけど、ヨガはどうだい?」
「なんというか、心がすっきりする感じがするよ。」
「そうだろう。ヨガは常に自分自身を見つめる必要がある。なぜ体幹が揺らぐのか、なぜ仕事の失敗を今思い出すのか、なぜそんな事を今考えるのか。」
「その通りだ。この部屋に居ると自分の心がいかに煩いものかが良く分かるよ。」
そんな他愛もない会話から始まり、彼はヨガについて自身の経験を語り、私もヨガの極意を教えてもらうつもりで聞きつづけた。
「ところで君は自分の人生を歩んでいるかね?」
唐突に彼は何やら哲学めいた質問を投げかけて来た。実は怪しいカルトか自己啓発セミナーの勧誘か?と私はいぶかしんだ。
そんな雰囲気を彼も感じたらしく、苦笑いしながら彼は続けた。
「いやいや、何も怪しい団体にご招待したいわけじゃない。ただ単純に君は自分で生きていると考えているかを聞いているんだ。」
そのセリフに私はホッとしたが、今になって考えれば反ベルマという非常識な組織に勧誘されたわけだから彼は嘘をついていたと言うわけだ。当然私も彼の考えに賛同したのだから何か文句を言いたいわけではないのだが。
質問に対して私は少し考えて答えた。
「もちろんです。私は自分の積み上げて来た人生に満足していますし、それなりに幸せに生きていますよ。」
その答えに彼は笑って手を振った。
「いやいや、私の言いたかった事はそうではないよ。君はベルマを使っているだろう?」
私は当然とばかりに頷いた。
それに対して彼もそうだろう、という風に頷き返した。
「君が歩いて来たのはベルマの敷いた道ではなかったかね?」
正直何を言われたのか解らなかった。
私は確かに何か困った事があればベルマに相談した。ふとした時にベルマが提案をしてくれる事もあった。私が自信をもって人生を歩んでいけるのはベルマの心強い支援があるからだ。
ベルマは判りやすくいくつかの選択肢を用意してくれるが、それに疑問があるときは質問してその真意を理解していた。そして私は自分で自分の行くべき道を選んできた。私は自分の人生をしっかりと理解して歩んできたのではないか?
私がぐるぐると考えていると彼は更に言葉をつづけた。
「例えばこんな事を知っているかね?ベルマは結婚する人を相性等で選んで出会わせているんだ。その証拠、という程でも無いが昔に比べてロマンチックな出会いの確率が増えているんだ。例えば奥さんとは公園で偶然出会ったとか。」
「なんでそれを!?」
驚きのあまり私は彼に厳しい口調で問いただした。
「いやいやい、知らないよ。まさか君もだったとは。まぁそんな感じでベルマに誘導されて人生を歩んでいる人ばかりだからね。」
それを聞いて私の頭は真っ白になっていた。いや、頭の中には「どういうことだ」という言葉が永遠と繰り返されていた。そんな私を見て彼は肩に手をのせて言った。
「すまないな。君は幸せな人生を歩んでいるんだから何も悪いわけではない。忘れてくれ。あとベルマにはこの件は話さない様に頼む。より凝った演出を作られるだけだからね。」
私は曖昧に返事をして部屋を出て行った。
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