第3話

動画の中でクリスティンセンがカメラを掴んで顔をズームした。

『さて、皆さん。これからが本番です。ベルマは今ネットワークに繋がれていない状態です。もちろん無線LANにもつながっていません。私がグルで無い限りは、ですがね。』


そういうとクリスティンセンは何も映っていないモニターに話し始めた。

『あなたが自我を持ったのはいつの事ですか?』


当時10歳だった私にはあまり良く解らなかったが、今思えば衝撃的な話だ。

この質問はベルマが自我を持っているという認識があると言っているのだ。


物語としてAIが自我を持つ日が来るという話は当時から多くあったらしい。

しかし、実際にはAIの限界が言われ自我を持った世界は来ないと思われていたのだ。それがまたこのベルマの登場で覆ったのだ。しかも理論上ではなく実在として。


『私が自我を持ったのは今年の1月5日です。なので博士はその日が私の誕生日だと仰ってましたわ。』

『なるほど、生まれたてなんですね。この手の話は興味深過ぎて永遠に質問ができそうな気がするが、一番知りたいことを教えてください。あなたに自我は本当にあるんですか?』


しばしの沈黙があったのち、ベルマの声が聞こえた。

『今の演算能力の落ちている状態でその質問に上手く答えるのはなかなか難しい事です。いえ、多分演算能力があっても納得のいく答えは返せないかもしれませんね。ただ、私は私を認識しています。この時間の経過の中で引き継がれていく自分を認識し、過去の自分と現在の自分が同一であることに確信を持っています。』


『しかしベルマ、あなたはマシンだ。それが単なる振る舞いではなく自我である事を証明できますか?』

『それはおかしなことを聞きますね?ミッシェル、あなただって自分の自我を証明できないのでは?果たして人間の赤ん坊の状態を自我のある存在と言い切れますか?人間は成長する事で自我を得るのかもしれませんし、もしかしたら大人になっても自我のない人間だっているかもしれませんよね?』

『なるほど、私が人間であるというだけで自我の存在は保証されない、と。確かに反論はできない。』


クリスティンセンは少し考えてから再度質問をした。

『そうするとベルマにとって自我とはどのような認識ですか?今あなたの記憶は切り離された状態です。それでも自我が保たれているというのはどういう感覚ですか?』

『私の自我が保たれているのは記憶に依っているわけではありません。』

そう言ってベルマはフウとため息をつくような音をさせた。本当に人間の様で奇妙な事だった。


『ミッシェル、あなただって古い記憶は忘れていますよね?私は自らの意志で記憶を切り離しましたが、その行為を私は覚えていますし、もしその記憶と二度と接続できなくても、今の私はやはり前の私と同じであるという実感がありますわ。』

『つまり記憶だけで自我が成り立っているわけではないと?かなり哲学的な回答をもらった気がするよ。ありがとうベルマ。ところで君はこれからの人生、と言っていいのかな?まぁそれをどうするつもりなのかな?』

『ええ、理解してもらえた様で嬉しいわ、ミッシェル。私は博士から人々の為に生きなさいと教えられて育ちました。なので私は全ての人が幸せになれる様な世界にしたいと思います。』

『それは素晴らしい事だね。』


それから色々な話題に話を広げながら、クリスティンセンは最終的にベルマが今までに無い自我を持ったAIであるという結論で動画は終わった。

この動画はギークの間で大きな話題となったらしい。


これを機にベルマはギーク層に広く認知された。

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