第5話

2029年のベルマ搭載スマートフォン発売から2年。最早ベルマの搭載されていないスマートフォンは殆ど存在しなかった。というのも、アプリでの搭載が可能となり、一気に利用が広がったのだ。


そしてそこに一つの事件、というか社会的問題が発生した。

ある大学院生が社会学系論文のデータ収集と集計をベルマに任せ、それをまとめて一本の論文として学会に発表したのである。


そのデータは非常に良くまとまっており、高評価だったのだが、データの出所について不明瞭な事があり、その点を追求された結果、その労力の大半がベルマによるものだとバレてしまったのである。


この事件はニュースでは非常に批判的に報じられていたが、ネットの一部では前向きに興味関心を呼んだ。それは、ベルマが単なるアシスト機能ではなく、優れたアシスタントであることが判明したからであった。


この事件の顛末は学会が論文を受け入れた事で収束した。学会の主張はベルマはデータの収集と集計をアシストしたもので、論文の趣旨と主張は本人のものであるから論文そのものは当人の業績である、という事であった。


人は常に自分の仕事を楽にしたいものだ。おそらく学会はベルマの活用という点で多くの作業を省略できる事に気が付き、活用していくべし、という結論に決着したのだと推測している。


いずれにせよ、この事件は人々に一瞬で意識改革をもたらし、ベルマの活用範囲は急速に広がっていったのだ。

特に若い世代は様々な試みをし、ベルマのできる事が次々とネットを介して拡散していった。


企業では会議の資料作成データを探し出し、資料を作成し、会議では議論を取りまとめ議事録を作成した。これによって会社での仕事がかなり軽減された。これは当時のビジネス雑誌にも特集され、遂に人間は創造的で重要な判断だけをすることができる時代になったと書かれていた。


しかし、あまり表には出なかったが一番大きな役割を果たしたのが学術界であった。

若い院生や学者はベルマの能力探求に非常に熱心だった。

論文のためのデータの纏めはもちろんだが、論文自体の構成、そして遂にはその結論の妥当性についても適切な答えを返す事が判明したのだ。


この過程の中で人類に対して一つの大きな転機が訪れた。

ベルマが数学の証明をできる事が判明したのだ。


この事件は一人の数学者が論文の構成や誤字脱字のチェックにベルマを使っているところで数学的な誤りを指摘されたのが切っ掛けであった。彼は多数の数学の問題を提供し、ベルマはそれらの証明をこなしていった。


彼は最初は単にネットワーク上の情報を使う事で証明を構築しているのだと考えていたが、ある日、未解決の素数問題である双子の素数問題を証明した事で彼女が明確に思考していると結論付けた。

彼は素数の専門ではなかったため、その論文を知り合いに送った。かれはその証明を自分の功績とはせず、ベルマによって成された証明である事を明示していた。


この証明の確認そのものには2年の歳月を要したが、この知らせは分野を問わず全ての学会に衝撃が走った。ベルマは自ら思考して問題の解答を見つける事ができるのだ。しかもベルマは証明をする度にその性能が上がっている様だった。


この事実は学者の存在意義を大きく揺らがせる事件であった。

多分、当時の彼ら自身が一番足元の揺らぎを感じていたに違いない。


これが今、シンギュラリティ・ディと呼ばれている事件である。

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