第6話

シンギュラリティディから世界は変わった。


学会は上を下への大騒ぎで、ベルマの利用について侃侃諤諤の議論が行われていた。

そんな学会をよそに企業は積極的にベルマを活用しようとし、行政でもベルマを活用し始めた。


企業にとってベルマを誰よりも早く深く活用する事は企業間競争の絶対条件であった。行政においては最初は慎重姿勢であったが、その手軽で正確な便利さに徐々にベルマを受け入れたのだった。


それと時を同じくしてベルマを管理しているネオ・フォーミュラー社が株式市場に上場した。これは株式市場にとって歴史上最大のIPO(新規上場)となった。ベルマが世界に欠かせない存在であることは誰の目にも明らかだったし、彼女の能力の活用範囲は無限大である事を誰もが知っていたからだ。


新規に発行された株式は全株式のほんの10%で、市場は売り出し前からその取り合いとなり時価総額は6兆ドルから始まり、最終的に7兆ドルにまで膨らんだ。


しかし、このネオ・フォーミュラー社は謎の多い会社であった。

何せ役員の誰一人として世間に出て来たことは無かったからだ。

多分一番最初にベルマが出ていた動画に出演した『博士』の設立した会社と思われていたが、CEOとして登録されている人物がその『博士』であるかすら誰も知らなかった。


その企業活動すらベルマが担っていたのだ。ベルマだけがその会社の広報を行い、ベルマが取材や問い合わせに対応し、ベルマが契約交渉を行うという徹底した秘密主義で一部では役員は名前だけで存在せず、企業活動すべてがベルマによって行われているのではないかと噂されていた。


そんな噂もどこ吹く風で、ネオ・フォーミュラー社は市場から手に入れた価値を元手に活発に活動を開始した。


今から思えばこれらの活動は全てベルマのシナリオ通りだったのだと思うが、その当時、これから起こる事を予見し、警告する者はいなかった。いや、居たとしても偏屈な年寄りの戯言と一笑に付された。なにせ生活は便利になるし、ネオ・フォーミュラー社は株式市場で誰もが賞賛する英雄的存在であり、その素晴らしいイノベーションに悪意があると思う者は殆どいなかったのだ。


上場した翌年、彼らはいくつかのデーター調査会社を買収した。それらは企業情報を扱う会社、市場調査会社、コンサルティング会社、そしていくつかのシンクタンクであった。これはベルマの情報精度を上げ、より高度なサービスを提供するための買収であるとネオ・フォーミュラー社より発表があった。


そして、ベルマのシナリオは買収された会社によって実現される様になった。

市場調査会社と企業情報を扱う会社がネットに無い情報の収集を行い、そのデータを基に顧客企業の絞り込みと市場戦略を構築し、それをコンサルティング会社とシンクタンクを通してターゲット顧客に売り込む様になったのだ。


これはベルマの情報処理能力を活用する、という点で非常に優れた戦略で多くの企業がネオ・フォーミュラー社のサービスを使う事になる。


サービスはアメリカを中心に徐々に広がっていき、3年後には世界でサービスを利用する企業は2万社を超えていた。そしてその利益は次の企業買収に利用されていき、ネオ・フォーミュラー社は雪だるま式に巨大化していったのだ。

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