第16話

それから一週間、私は考え続けていた。


果たしてベルマが居なくなった時、世界は昔の世界に戻るだけなのだろうかと。


ある日私はヨガの修行とベルマに説明して、機能を停止した状態で過ごした。

その不安は何とも表現できないものだった。


見知らぬ街で何一つ持たずに帰り道を捜し歩いている様な、あるいは全く言葉の通じない外国のスラムにいきなり置いて行かれて途方に暮れている様な、そんな寄る辺ない気持ちだった。


その日は精神的に疲れてすぐに眠ってしまったが、次の日に冷静になって考えると私は充実していた。それはベルマと相談していた時には感じる事の無かった、その日を全て自分の力で乗り切ったという達成感だった。


そうして私は改めて結論した。人間はこうやって自分で四苦八苦しながら生きて行ってこそ人生を生きていると言えるのだと。そしてそれが人間の守るべき尊厳なのだと。


私は既にベルマの奴隷だった。今やほぼ全ての人がそうに違いなかった。

私は人類に尊厳を取り戻させなければいけない。これは真実を知った私の責務だ。


そうして私はまたヨガサークルに訪れたのだった。



ヨガの部屋に入り、男を見つけると私は何故か少し安堵した。

男は背中側に丸まる様に足を曲げ、自分の肩に乗せる様にしてこちらを見ていた。


男も私を見つけるとゆっくりとほどける様に身体を戻し、右手を挙げて挨拶をした。


「決意を固めたいい目をしているな。」

「ええ、私は皆さんと人類を救う一助になりたい。」


男は頷くと先日の部屋へと私を招き入れた。


そこには男と女が待機していた。

男は黒い運動着にニット帽を深くかぶり、サングラスをしていた。

女も同様に黒い運動着と野球帽、そしてサングラスという恰好だった。


「まずは紹介しよう。彼は我々の組織のリーダーだ。我々は全員コードネームで呼び合っている。彼のコードネームはリブーター。」

「いつもはただリーダーと呼ばれている。よろしく頼む。」


彼の差し出した手を私は緊張しながら握り返した。その握手は何か後戻りのできない契約した様な感覚を私に与えた。私は握手をしながら自分の名前を伝えていない事を思い出し、口を開いた。


「私の名前は—」

私が自己紹介をしようとするとリーダーがそれを遮った。

「名前はいい。ここでは全てコードネームでやり取りをするんだ。我々は知り合いではない、外では赤の他人だ。これから君には新たなコードネームが与えられる。それが君の名前だ。」

「分かりました。」


「続いて彼女は、リーダーのサポートをしているアグサ・イレブン。この組織に入った後、君は彼女を通して指令を受ける事になる。」

「アグサ・イレブンよ。会話の時はアグサでいいわ。」


私は親しみのある彼女の笑顔に少し安心を覚えながら握手を交わした。


それから男が自己紹介を始めた。


その時私はこの男の名前すら知らなかった事に気が付いた。私は彼と名前すら知らないのに、突拍子も無いベルマの陰謀について話をしていたのだ。それはきっと彼の人を組織を取り込むためのスキルだったのだろう。


男のコードネームはアルファ・セブンと言った。

「本当は昔のスパイ映画にあやかって数字の前にゼロゼロを付けてもらいたいんだがね。」


そう言って笑う男と私は初めて握手を交わした。

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