58話 黒の太陽
詠:(夜空くーん! そっちの部屋の様子はどう? 楽しんでる?)
俺はトイレの個室便座に腰掛けながら、詠からのメッセージが表示されたスマホ画面を眺めていた。
「ははは……楽しむどころか、カラオケルームのあまりの居心地の悪さに、こうしてトイレに逃げ込んでますよ」
別に便意をもよおしたわけではない。単純に一人になれる逃げ場所として、トイレを選んだのだ。
夜空:(なんとか陰キャなりに頑張ってるよw)
夜空:(詠の部屋はどう? 黒野もいるし、盛り上がってそうだね)
俺が当たり障りないメッセージを返すと、程なくして、詠から返信が届く。
詠:(そうだね。結構にぎやかかな)
詠:(でもちょっと疲れてきちゃった)
詠:(あーあ、夜空くんと同じ部屋がよかったなw)
夜空:(俺もだよ。ホントに)
そんなメッセージのやり取りをしながら、俺は深くため息をつく。
メッセージだけど、詠の優しさが心に染みた。
彼女から、俺と一緒がよかったという言葉を聞けて、心底嬉しく思う。
しかしそれと同時に、同じ部屋で詠と黒野が楽しく過ごしている光景を思い浮かべて、胸の奥がモヤモヤとした。
自分で自分がイヤになるくらいハッキリとした嫉妬の感情だ。
詠と一緒に過ごしたい。
もっと彼女のそばにいたい。
できる限り長い時間、二人でいたい。
そんな自分勝手な思いばかりが頭の中をグルグルと駆け巡っていた。
そのとき、ピコンとメッセージの着信音が鳴って、またしても詠からメッセージが寄せられる。
詠:(クラス会が終わったら、一緒に帰ろ?)
詠:(あんまり話せなかったから、帰り道くらい色々話したいな♪)
ハートの猫スタンプと一緒に送られたそのメッセージは、詠と一緒にいたいと思う俺の気持ちに寄り添うような、彼女からの優しい提案だった。
その文面をみて、自分のウジウジとした気持ちを恥じると共に、少し元気が戻る。
根暗な自分を変えたくてクラス会に参加すると決めたのは、誰でもない自分自身なのだ。
だから、もう少し、頑張ってみよう。
夜空:(もちろん。一緒に帰ろう!)
そう返信をして、便座から立ち上がり、伸びを一つする。
そうして、個室から外に出ようとしたとき。
ガチャ、という扉が開く音がして、トイレの中に誰かが入ってきた気配を感じた。
「お前、歌も上手いのなー。どんだけ完璧人間だよ」
「ハハッ。まあな」
人数は二人。うち一方の声には聞き覚えがあった。
「それにしても黒野さ――」
「んん?」
やっぱり黒野の声だ。
俺はなんとなく外に出づらくなってしまって、トイレの内鍵にかけた手を引っ込めてしまう。
別に黒野たちの話を盗み聞きするつもりはなかったのだけど、なんとなく聞き耳を立てる形になってしまった。
「優木坂のこと狙ってんの?」
!
詠の名前が出て、思わず息を飲む。
「んー、そう思う?」
「思うよ。さっきもずっと優木坂に絡んでたじゃん」
「まーなー」
心臓がバクンバクンと一気に高鳴ってくる。適度に冷房の効いた室内は暑いわけじゃないのに、じっとりと汗ばむのを感じた。
「つーか、お前、彼女いなかったけ?」
「ああ、いるよ」
「堂々と『いるよ』じゃねーよ。なに、今の彼女捨てて優木坂に乗り換えンの?」
「んー? そーなー」
「マジかよ!? お前の彼女って一組の
「まあ、別に同時に走らせるのもアリだし――」
しばらく間が空く。その間、俺は呼吸の仕方を忘れてしまったかのように息苦しさを感じていた。
何だ、コイツらは、何を話しているんだ?
「なんつーかさ。フツーの恋愛に飽きちゃってさ」
「ああ? どういうこと?」
「今、キてるのは
「うっわ。ゲス。さすがの俺もドン引きだわ。その爽やかな笑顔の裏でこんなドス黒いこと考えてるなんて、とんだサイコパス野郎だな。録音して皆に聞かせてやりてー」
「おい、やめろよテメー」
ふざけ合うような口調で笑い合う二人。
何が面白いんだろうか。わからない。
「でも優木坂か。まあ顔立ちは悪くないし、頼んだら何でもいう事聞いてくれそうだな。つーか、めっちゃチョロそう」
「んー、俺もそう思ってたんだけど、思ったよりガード堅いんだよ。まだ落とせてないんだよなー。LINKの返信もおせーし」
「へー、意外。てっきりもうモノにしてるもんだと思ってた」
「まあ、でも時間の問題」
「ハハッ、学年一の人気者、黒野太陽くんにかかればイチコロって感じですかー。人生イージーモードで羨ましいですねえ」
「僻むなって。俺が飽きたらその時は、お前にも回してやるからさ」
「今からセフレ扱いかよ。ゲスいねー」
奴らの乾いた
その
俺は全身の血の気が引いていく感覚を味わう。
そして、次の瞬間に湧き上がってきたのは怒り。
それも激しい憎悪を
回すだと? セフレ扱いだと?
アイツらは、詠を、なんだと思っているんだ?
ふざけやがって!
俺は勢いよく個室の扉を開いた。
「あ?」
黒野たちの視線が俺に注がれる。
黒野と目があった。
「青井――」
俺はそのまま黒野のもとに歩み寄り、ヤツの胸ぐらを
痛いくらいに右手の拳を握りしめた。
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