62話 ジョバンニとカムパネルラ
雨が窓を叩く音が聞こえる。
窓ガラス越しの
時間はまだ昼だけど、
どれくらいの間そうしていただろう。
流石に手持ち
青白い発光と共に、ホーム画面に今日の日付と現在時刻が表示される。
七月三十一日。
午後三時。
夏休みに入ってから――俺が詠と連絡を
その間、俺は特に何をするでもなく、
必要最低限の用事以外、家から出ることなくひたすら自室に
気圧とか重力とか、そういう身体を押さえつける見えない力に
姉さんはそんな俺のことを心配してなにかと気にかけていたのだけど、最近はあまり干渉してこなくなった。
いよいよ姉さんからも見放されたといったところだろうか。
でも、それでよかった。家族とですら言葉を交わすのが辛かったから。
今日は夏祭りの日だった。
詠と一緒に行こうと約束をした、その当日。
天気は朝から雨。
予報だと一日中、雨マーク。
俺は心のどこかでホッとしていた。
この天気なら、どのみち夏祭りは中止だ。
詠との約束を一方的に破ってしまった罪悪感に対して、ほんの少し言い訳ができる気がした。
詠。
きみは今何をしているんだろう。
どんなことを考えているのだろう。
そんなことを思う資格は、もう俺にないのに。
それでも詠のことが頭をよぎる。
俺は終業式の日、詠に何も言わずに一人帰った後。
メッセージアプリで詠のことをブロックして、彼女の連絡先を消去した。
彼女と積み重ねたやり取りの記録も全部消してしまった。
そこまでしないと、彼女を俺の孤立に巻き込まないという決心が、すぐに揺らいでしまいそうだったから。
だから、俺は自分の意志で詠から離れることを決断し、実行に移したのだ。
だから、いまさら迷うことはない。
今この状況は、全部自分で決めたことだ。
なのに、ダメだ。
何もしていないと、グルグルときみのことばかりを考えてしまう。
気を
だけど。
アニメを見ようと思ったけど、耳に入ってくる音のすべてが耳障りだった。
漫画やラノベを読むのも一ページ読むだけで目が滑ってしまい、内容がまったく頭に入って来ない。
ゲームをやるにも、そもそもコントローラーに手が伸びなかった。
何もかもかったるい。
ごろりと寝返りを打って、身体を横にすると、ふと、サイドテーブルの上に置かれた一冊の本が目に入った。
「銀河鉄道の夜……」
それは、詠と一緒に本屋に行ったとき購入した本。
詠が一番好きな本で、彼女が本を好きになったきっかけ。
自分も読みたいと思って買ったはいいけれど、やっぱり普段読むジャンルの本じゃないこともあって、今までずっと手つかずだった。
何とはなしに手に取った。そして、夜空を走る汽車が描かれた表紙絵を見つめる。
なんとなく、今なら読めると思った。
なぜかは分からないけど、読むなら
はらり、と最初のページを開く。親指に吸い付くような滑らかな紙の感触と共に、インクの匂いが鼻をついた。
***
本は、ところどころ不思議な表現もあったけれど、全体的に
主な登場人物は二人。
少年ジョバンニと、その友人カムパネルラ。
ジョバンニは、孤独で内気な少年だ。貧しい家庭の
一方のカムパネルラは、家も裕福でクラスの人気者。けれどもジョバンニに同情的で、彼の唯一の友達といっていい。
そんな二人はとあるお祭りの夜、不思議な列車――銀河鉄道に乗り、夜空を駆ける。
二人はその旅の途中、不思議な光景を目にし、不思議な乗客たちに、次々と出会い交流する。
銀河ステーション。
アルビレオの観測所。
学者。
家庭教師の青年と彼に連れられた幼い
くり返される出会いと別れ。
そして、その旅のおわりに――
*
「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ。どこまでもどこまでも一緒に行こう。僕はもうあの
「うん。僕だってそうだ」
カムバネルラの眼にはきれいな涙が浮かんでいました。
「けれども本当の
ジョバンニが言いました。
「僕、わからない」
カムパネルラが、ぼんやり言いました。
*
そして俺のページをめくる手は、ついに物語の結末にたどり着いた。
銀河鉄道は、この世とあの世をつなぐ列車。死人を乗せた列車だった。
俺はそう解釈する。
乗客はすでに死んでいる。ただ一人ジョバンニを除いて。
鳥捕りも学者も、この世の存在とは思えない不可思議な存在。
家庭教師の青年と幼い姉弟は、氷山と衝突した大型客船の沈没によって、すでに亡くなっていた。
そしてジョバンニの親友カムパネルラは――川で
ジャパンニとカムパネルラ。銀河鉄道の旅を通して、本当の幸せ、その意味を、これから二人で考えていこうと決意した矢先、
そして、物語は幕を閉じる。
俺は本をパタンと閉じて、そして瞳を閉じた。
浮かび上がる暗闇の中で、物語のその後に思いをはせた。
カムパネルラを
なんとなく、友人の死を乗り越えて、皆の幸いのために、力強く自分の人生を生きていったような気がする。
でも。
ジョバンニがどんなに幸せな人生を送ったとしても。
カムパネルラと一緒にいる未来よりも、幸せな未来を送ったとは、俺は思えなかった。
本当の幸いは、きっと、一人では掴めないものなんじゃないかなと、そう思った。
「カムパネルラ。ジョバンニを独りぼっちにするなよ――」
ぽつりと、そんなつぶやきをこぼした。
これが、俺がこの物語と向き合った結果。
そこから生まれた、感情のゆらぎ。
気が付くと、俺の頬を一筋の涙が伝っていた。
その時。
バンッ!!
すごい勢いで部屋のドアが放たれた。
扉の向こうから明るい光が急激に差し込む。
そのまばゆい光を背に、姉さんが仁王立ちで立っていた。
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