11話 サイ●リヤで喜ぶ彼女

「いらっしゃいませー、二名様でよろしいですか? こちらのテーブル席でよろしいでしょうか――」


 俺と優木坂さんは店員の案内に従い、四人がけのテーブル席に向かい合って座った。

 

 優木坂さんに連れられてやってきたのは、駅前にあるファミリーレストラン。

 カジュアルなイタリア料理をお手頃な値段で楽しめることで有名な全国チェーンのファミレスだ。

 

 金曜夜の店内は制服を着た高校生や仕事終わりの社会人などでそれなりに賑わっている。

 店内はチーズやらケチャップやらの美味しそうな匂いがただよい、空っぽな俺の胃袋を刺激した。


「さーて、何を頼もうかな。あ、青井くんもドリンクバー頼むよね?」


 俺の向かいに座った優木坂さんはメニューを手に取り、声をかけてきた。

 

「うん……でも」


 相槌あいづちを打ちつつも、俺の心の中には未だに申し訳ない気持ちがあった。

 優木坂さんの誘いに乗り、ここまでホイホイついて来ておいて何だけど、友だちにオゴってもらうなんて経験は初めてなのだ。

 しかも、相手は同級生の女の子で。一緒にご飯を食べるのも初めてで。

 そんな状況でオゴられてしまうなんて、男としてそれでいいのだろうか。

 

 今日は払えないけど、立て替えっていうことにして後日精算することだってできる。


「優木坂さん、本当にいいの? オゴってもらっちゃって」


 優木坂さんはメニュー表から俺の顔へ視線を移した。


「いいの。さっきも言ったけど、わたしが青井くんに恩返ししたかったんだから」

「恩返しって、そんな教室の掃除を手伝ったくらいで」

を手伝ってくれたのは、青井くんだけでしたよ?」


 そう言って、優木坂さんはにっこりと笑う。


「もちろん、わたしが好きにやってたことだから、全然よかったんだけど。でもそれは別として、手伝ってくれた青井くんには感謝してるの」

「あ、えっと……」


 俺は何かを言おうとしたけど、上手い言葉が出てこなくて、かわりにポリポリとほおをかいた。

 面と向かって改まった感謝の言葉を向けられたことで、恥ずかしさを感じていた。


「だから、気にしないで早く頼もう? ここまできてお預けだと、さっきから鳴りっぱなしの青井くんのお腹の虫がかわいそうだよ」


 優木坂さんはそう言って悪戯いたずらっぽい表情を見せる。

 彼女の指摘を受けて、返事代わりに俺のお腹はぐうと音をたてた。


***


「ごちそう様でした」

「あー美味しかった。生き返った……」


 結局、優木坂さんはパルマ風のスパゲッティ、俺はミラノ風のドリア、それに二人ともドリンクバーをセットで注文した。

 食べ終わった空皿あきざらは、手早く店員さんが片付けてくれた。

 

 現在時刻は七時ちょっと前くらい。店内は更に混雑してきている。

 だけどそこはファミレスだ。ドリンクバーだけでダラダラと時間を潰すことが、社会通念上、許されている空間なので、もう少しゆったりと過ごさせてもらおう。


「俺コーヒー淹れてくるけど、優木坂さんはコーヒーいる?」

「うん、お願い」

「砂糖とかミルクは?」

「両方とも一個ずつ」

「オッケー、ちょっと待ってて」


 俺はドリンクバーコーナーで二人分のコーヒーを淹れてから、テーブルに戻った。


「はい、熱いから気をつけて」

「ありがとう」


 俺はコーヒーの入ったカップを差し出した。

 優木坂さんはシュガースティクとコーヒーフレッシュの封を開けて、中身を一個ずつカップの中に入れた後、コーヒースプーンでぐるぐるとかき混ぜてから、口に含んだ。

 それから彼女はふと視線を、俺の手元のコーヒーカップに移す。


「青井くんってブラック派の人?」

「うん、どっちかっていうとブラックで飲む方が多いかな」

「大人だね!」

「単純にコーヒーに甘さは求めてないってだけだよ」

「でも、青井くんにブラックって似合う。大人っぽい雰囲気だし」

「そうかな? 大人っぽいかな……?」


 そういえば、何かの雑誌で、女性が気のない男性を誉めるときの鉄板フレーズが、「優しい」だったり、「大人っぽい」だったりするということを読んだことがあるような。ああ、また俺は何をネガティブなことを!

 狼狽をごまかすためにコーヒーを一気にすす――アチッ!


「青井くん?」

「あ、いや……なんでもないよ」


 そんな話を皮切りに、コーヒーを片手にまったりとした雑談タイムが始まった。


「優木坂さんは友だちと寄り道とか結構するの?」

「ううん、全然だよ。この前、一度だけクラスの皆でカラオケにいったけれど――あっ」


 優木坂さんはそう言いかけてバツの悪そうな顔をした。

 そのクラスの集まりに、俺が誘われていないことに思い至ったようだ。


「ああ、その辺は気にしないで。俺も気にしてないし」

「その……青井くん。クラスのLINKグループに今からでも入らない? 今ならわたしが招待できるし……」

「気を遣ってくれてありがとう。でも大丈夫」


 俺は首を横に振る。

 優木坂さんは俺を思いやってくれての提案だろうけど、生憎あいにくと俺は、そういう大人数で集まる場は気疲れするだけであまり好きじゃなかった。


 いや、陰キャの負け惜しみじゃないよ? 本当だよ?

 

 俺にとっての友だちは自然体で何でも話せて、一緒にいて楽しい、そんな関係。

 そんな気の合う奴となんて、そうそう出逢えるわけじゃないし、

 だから――


「こうして優木坂さんと友達となれたから。俺にとってはそれで十分だよ」

 

 優木坂さんと友達になれた今、それ以上のクラスメイトとの交流は今のところは必要ないと思っていた。


「あ……」


 ん? なんだ?

 優木坂さんが固まってしまったみたいな様子でこっちを見つめている。それになんだか顔が赤いような……


「優木坂さん、大丈夫?」

「だ、だだ、だいじょうぶ! 全然、問題ないから!」


 優木坂さんはぶんぶんと勢いよく首を振る。

 いや、明らかにおかしいぞ。

 さっきまで普通に会話してたのに、急にこんな感じになるなんて……


「あの、優木坂さん。ひょっとして俺、変なこと言った?」

「ぜ、ぜんぜん! 青井くんはなにも言ってません。はい」

「あ、お前みたいなゲロしゃぶと友達になった覚えはない。笑わせんなってことか――」

「もう! なんでそうなるの! 私と青井くんは友達だよ!」

「そう? それならいいんだけど……」


 俺は妙に狼狽うろたえている優木坂さんの様子に、いまいち釈然しゃくぜんとしないままコーヒーを口に運んだ。

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