2章 色々な初めてを二人で

10話 帰り道。初めての寄り道

 誕生日のことをきっかけにして、俺と優木坂さんはちょっとだけ仲良くなった気がした。


 朝起きて、スマホの画面を見ると、大抵優木坂さんからメッセージが来ている。それは「おはよう」とか「今日も頑張ろうね」みたいな感じで何気ない朝の挨拶だ。


 俺は始業チャイムギリギリに教室につけるように、朝の家事の時間も含めて逆算して起きているのだけど、メッセージの着信時間を見るに、優木坂さんは俺よりもだいぶ早起きみたいだ。

 俺は大体、行きの電車の中でそれに返信することにしている。

 

 そんな風に、毎日のようにメッセージをやり取りしていたら、最初のうちは、フェルマーの最終定理に挑んだ数学者もかくやというくらい、いちいち考えこみながら文章を打っていたけど、段々と自然体になってきた。


 いい意味で力が抜けてきたって感じ。


 相変わらず優木坂さんの返信ペースは鬼のように早い。

 だけど、俺は優木坂さんのペースに合わせっきりじゃなくて、自分の都合にも合わせて、同じくらいすぐに返したり、そうじゃなかったり。

 ゲームに夢中になっていて、メッセージの受信に気づかないなんてこともあった。

 

 まあ、優木坂さんみたいな友だちが多いリア充系女子は、LINKだって沢山の人とやりとりしてるに違いない。

 俺の返信があんまり早すぎると疲れちゃうだろうし、これくらいのペースで丁度いいだろう。


 また二人のペースができるに従って、メッセージの区切り方も変わってきた。

 最初のうちはその日の夜の寝る前までには必ず話題を区切ってから、やりとりを終えるようにしていたけど、いつの間にかそれもなくなって、朝晩問わずダラダラと雑談が続くようになってきた。


 最近読んだ本の話だったり、今日食べた晩飯のことだったり、そこから発展して好きな食べ物や嫌いな食べ物の話に移ったり、はたまたふとした愚痴ぐちだったり、そうかと思えば今日のムギちゃんのベストショットが送られてきたり、とにかく他愛たあいのないことを色々と、つらつらと。

 ひとつの話題がダラダラと続くこともあれば、なんの脈絡みゃくらくもなく変わることもある。

 いつの間にか、そんな優木坂さんとのLINKのやりとりが俺の生活の一部に組み込まれていった。


 もちろん、スマホを介した繋がりだけじゃない。

 学校でも毎日、優木坂さんと会話をするようになった。

 

 とはいえ、日中の優木坂さんは多くのクラスメイトに囲まれている。というか相変わらずひっきりなしに色々な頼み事を受けていて、きりきり舞いだ。

 

 だから、俺たちの時間はいつも放課後から。

 クラスの連中が帰った後、例によって教室の掃除を一手に引き受けた優木坂さんを手伝ってから、一緒に帰ることが日課になっていった。


「ねえ、青井くん、聞いてよ。あのね……」

 

 大抵、そんな調子で優木坂さんが話して、俺が聞き手に回ることが多いのだが、彼女があんまりに楽しそうに話すものだから、こっちまで楽しくなる。

 優木坂さんは、二人でいるときはよく喋るし、よく笑った。


 そんなこんなで、あっという間に時間は過ぎていく。

 五月も終わり、六月へと入っていった。

 


 ***

 


 その日は金曜日だった。

 いつも通り、放課後の教室で。


 ぐううう〜。


 俺と優木坂さんしかいない教室に、俺のお腹の大きな音が鳴り響いた。

 その音は優木坂さんにも聞こえたみたいで、ホウキを持ちながらこちらを見つめていた。


「ご、ごめん……」


 俺は赤面せきめんしてそうつぶやく。

 恥ずかしくなってワタワタと言い訳をした。


「今日家に財布を忘れたせいで、購買のパン買えなくてさ。あはは……」

「え、じゃあ今日お昼ご飯食べてないの!?」

「うん」


 今日の俺の胃袋に入っているのは朝に食べたジャムパンと牛乳だけ。

 お昼はいつもぼっち飯だから、弁当を分けてもらうなんてイベントもなければ、友だちから金を借りるなんて発想もなかった。

 元々そんなに食べる方ではないので、放課後までもったけれど、さすがにこの時間になるとお腹が空いてきた。


「もう、早く言ってくれればいいのに! そしたら掃除なんて……」

「俺が手伝いたかったから。気にしないで」

「だけど……」


 優木坂さんは少し困ったような顔をしたので、俺は慌てて付け足す。

 

「本当に大丈夫だよ? 家についてからなんか食べるから」

「だけど、青井くん自炊じすいでしょ? ご飯の準備も時間かかるだろうし――」

 

 しばらく優木坂さんは何か考えるようにあごに手を当ててから、人差し指を立てて言った。


「そうだ! ねぇ、今日寄り道していこうよ」

「へ、寄り道?」

「うん、一緒にご飯食べよ」


 この、人の話聞いてた?

 

「俺、財布持ってないんだけど」

「大丈夫、わたしがオゴりますっ!」


 そう言って優木坂さんは胸をドンと叩いた。正確にはポヨンッて感じで。


「ええ、悪いよ」

「悪くないよっ!」


 優木坂さんにしては珍しく強い調子でそう言った。


「だって、青井くんにはずーっと掃除を手伝ってもらってるし、妹の誕生日のときも助けてもらったし。とにかくずっと恩返ししなきゃなーって思ってたんだ。ちょっと待ってて。お母さんに電話してくるから」

「あっ……」


 優木坂さんはそう言ってホウキを机に立てかけると、俺が止める間も無くパタパタと廊下にでていった。


「あ、お母さん? うん、今日友だちと寄り道して帰るから――うん、晩ご飯も大丈夫――」


 しばらくして優木坂さんが戻ってくる。

 えらく上機嫌な様子だ。


「お待たせ。じゃあ、残りの掃除を済ませちゃおう?」

「う、うん。でも本当にいいの?」

「もちろん。ほら、はやく終わらせないと暗くなっちゃうよ」

「かしこまり……」

 

 それから俺たちは、というか優木坂さんは、いつも以上にテキパキと仕事を片付けた。

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