12話 とにかく彼女を褒めてみた

「青井くんって、凄いよね」


 不思議な狼狽ろうばいからちょっと時間が経って、徐々じょじょに落ち着きを取り戻した優木坂さんは、ぽつりとそう呟いた。


「え? 何が?」

 

 どうやら俺のことを褒めてくれているらしいが、褒められるような心当たりがなくて、思わず間の抜けた声で返事をする。


「青井くんってさ、学校では一人なのに、寂しいとか卑屈な感じとか全然なくて、むしろケロッとしてて……」

「そう? ケロっとしてるかな?」


 優木坂さんにそう評されたけれど、あまり自覚はない。人並みに友達は欲しいと悩んでいたし、ぼっちなのも寂しくないわけじゃなかったし。

 というかマイナス思考だし根暗だしかなり卑屈な方だと思うけどな。

 

「わたしだったら、きっともっとウジウジ悩んでる。それで自分の殻に閉じこもって、友だちできないのを周りのせいにしてる」

 

 優木坂さんは少し目を伏せて、そのまま言葉を続けた。


「クラスのLINKグループに入ってないのに全然平気なのも凄いよ。そういうマイペースなところ羨ましいなって思う」

「それは単純に面倒なだけだし、クラスの輪に消極的なのは、褒められるようなことじゃないと思うけど」

「でもさ、グループに入ってないのって不安じゃない? 自分のいないところで話が進むっていうか、仲間外れみたいな感じしない……?」


 優木坂さんはうかがうような視線を俺に向けた。

 俺はその視線を受けとめてから、両手を前で組んで少し思案しあんする。

 

「別にそこまで気にするほどでもないかな。もう俺たちも高校生だし。そういう集まりは参加したい奴らだけで集まればいいんじゃない?」

「青井くんは大人だ……しっかり自分を持ってるんだよ。そういうところ、やっぱり凄いよ」

 

 優木坂さんはまたぽつりと呟いて、そこで会話が途切れた。

 

 なぜだろう。

 優木坂さんはさっきからちょっと自嘲気味じちょうぎみというか、後ろ向きな様子だ。

 それにクラスの輪の中心にいるような彼女が、クラスでぼっちな俺の振る舞いを『凄い』と評するのも妙な気がする。

 

 もしかしたら、友達が多いなりに、人知れず抱えている人間関係の悩みがあるのだろうか。

 確かに、四六時中しろくじちゅう大勢の人に囲まれているのは、さぞ気疲れすることだろう。というか俺なら三日でダウンだな。


 俺の勝手な想像に過ぎないけれど、もしそうだとしたら、元気づけてあげたかった。

 俺みたいなカマドウマ系男子と友達になってくれた、優しい優木坂さんのことを。

 

 そのために俺にできること。優木坂さんの良いところを褒めることくらいしか思いつかなかったので、とりあえず褒めまくってみることにした。


「俺から見たら、優木坂さんだって凄いけどな」

「え、どこが?」

「まず、優しいところ。教室の掃除もそうだけどさ、優木坂さんって友だちから頼られたとき、絶対に力になってあげようとしてるじゃん」

「それは……単に頼まれたら断れない性格だからだよ」

 

 優木坂さんは苦笑いしながらそう言った。

 

「そうだとしても、優木坂さんくらいそれを徹底できる人ってなかなかいないと思うよ。少なくとも、俺には絶対に無理だし」

「そ、そんなことは……」

 

 優木坂さんは謙遜けんそんするように手を振った。


「それにさ、いつもニコニコしてて、友だちも多くて。そうかと思えば、俺みたいなぼっちとも友だちになってくれて、こうして二人で話してくれて。気配り上手だよね」

「え、あの……」

「二人でいるときも話し上手で楽しいし、LINKのやりとりだっていつも楽しいよ」

「た、楽しいって、あわわ……」

「いつも真面目なところも見習わなきゃなって思う。毎日ちゃんと予習復習してて、授業中も真剣そのものって感じだし。成績優秀なのも納得だね。優木坂さんのそういうところ全部長所なんだから、もっと自分に自信を持っても――」

「待って! ストップ! ストップ!」


 優木坂さんは慌てて口を挟んでから、うつむいてしまった。

 その顔はさっきよりも赤く火照ほてっているような気がした。


「ああ、もう。顔が熱い。照れる……こんな風に面と向かって誉められたの初めてかも」

「ごめん……なんか上から目線みたいになったかも」

「ううん、むしろ嬉しいの。わたしって、自分じゃあんまりそういうの長所だと思えないんだけど……」


 そこまで言った後、少しだけ間を置いてから、優木坂さんは顔を上げた。


「でも青井くんにそう言ってもらえるなら、ちょっと自信になる」

「そっか。それなら良かった」

「ていうか、青井くんわたしのこと褒めすぎ。恥ずかしいよ」

「いやいや、全部本当のことだしさ」

「あー、またそういうこと言う。もう……」


 優木坂さんは頬を膨らませて抗議するような視線を送ってきた。


「青井くんって……いつもこうなの?」

「いつもって何が?」

「その、女子に対して」

「へ、どういう意味?」


 優木坂さんの言葉の意図が分かりかねて聞き返した。

 頭の中にクエスチョンマークが浮かぶ。

 

「だから、その。女子と二人でいるときは、いつもこんな感じで話してるの?」

「うーん、どうだろ。そもそも女子とまともに二人で話すことがないし……」

「えー見えない! 落ち着きすぎだし、なんか手慣れてる」

「そんなことないよ。これでも結構テンパってるし」

「嘘だぁ。そんな風には絶対見えません。余裕あります」

「それは優木坂さんが話しやすいからであって……」

「ほら、さらりと相手を褒めるそういうところ!」


 優木坂さんはビシッと俺を指差す。

 

「いや、凄いなと思ったことを褒めるのは別に普通のことだと思うけど」

「普通じゃないよ。そんな自然に相手のことを褒めたりできないもん」

「そうかなぁ」


 自分のことを褒め上手だと思ったことはないけれど、思い当たることといえば、姉の存在があった。

 

 姉に何か嫌なことがあったらしき日は、帰宅すると決まって、俺の部屋に来てグダグダと愚痴ぐちをこぼしてくる。

 長時間それに付き合うのも鬱陶うっとおしいことこのうえないので、俺は姉の話を聞き流しながら、とにかく姉を褒めておだてて、適当に満足させて部屋から出て行ってもらうことにしていた。

 

 もちろんこれは褒めているのではなく、あくまで受け流すためのテクニックに過ぎないのだが。

 もしかしたら優木坂さんの言う「さらりと褒めるそういうところ」に繋がっているのかもしれない。


 俺がそんなことを考えていると、優木坂さんはモジモジとした様子でうつむきだして。

 

「そんなこと言われたら、誰だって……しき、しちゃうじゃん……」

 

 そんなことをボソッと呟く。小声すぎてよく聞こえなかった。

 

「え?  なんだって?」

「な、なんでもない!」

 

優木坂さんは慌てたように首を横に振る。


「ね、ねえ、青井くん! せっかくだから何かデザート食べようよ。ほらみて、この季節限定のアイスとか美味しそうじゃない?」

 

 そして、テーブルの隅に立てかけてあったメニューポップを指差して、誤魔化ごまかすように話題を変えた。


 なんで優木坂さんがそんなに慌てているのかよく分からないけれど、とりあえずさっきまでの寂しそうな雰囲気はなくなったので、それでよしとしよう。

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