13話 姉、襲来

 追加で注文したデザートを堪能して、更に三十分ほど駄弁だべった後、俺と優木坂さんはファミレスを後にした。

 

 時刻は八時すぎ。

 華金はなきんを迎えた駅前の繁華街は、夜はこれからと言わんばかりに活気づいており、居酒屋のネオン看板が煌々こうこうと輝く中、多くの学生やサラリーマンが行き交っていた。

 俺はそんな人の波に混ざりながら、隣を歩く優木坂さんに目を向けて、声をかける。


「優木坂さん、ごちそう様。ホントにありがとう。デザートまでご馳走ちそうになっちゃって……」

「美味しかったね、季節のアイスクリーム」

「この埋め合わせはいつかするよ」

「じゃあ、また一緒にご飯食べよ? それが埋め合わせ」


 彼女はそう言ってニッコリと笑った。

 あ、天使がいる。

 

 そのまま俺達は、取り留めのない会話を交わしながら、駅に向かって歩く。

 改札を抜けてホームに降りたところ、タイミングよく到着した電車に乗り込むことができた。

 帰宅ラッシュの時間から少しズレていることもあってか、車内は比較的空いている。

 運良く二つ並びの空席を見つけたので、そこに腰掛けた。


「ラッキーだったね」

「うん」


 優木坂さんの問いかけに俺は短く答える。

 それからしばらく二人とも沈黙。だけどそれは別に気まずい沈黙じゃなくて、お互いリラックスしている雰囲気だ。


 ふと、ズボンのポケットからスマホを取り出して画面を見ると、メッセージ受信の通知が一件表示されていることに気がついた。

 画面をタップしてメッセージ内容を確認すると、差出人は姉だった。


姉:(帰りまだー? お姉ちゃんはひもじくて死んじゃうぞー)

姉:(死ぬぞ すぐ死ぬぞ 絶対死ぬぞ ほら死ぬぞ)


 相変わらず鬱陶しいメール。


青井:(友だちとご飯食べて今帰りの電車中)

青井:(家着くまであと三十分くらい)

青井:(悪いけど今日はカップラーメンとかレトルトで適当にすませて)


 ひととおり、返信してからスマホを閉じる。

 閉じた後もスマホが震えて、更に返信があったようだが必要なことは伝えたので気にしないことにした。

 ふと視線を感じて横を見ると、優木坂さんがこちらを見つめていて、目が合った。


「友だち?」

「いや、姉から。もう家にいるみたいで、いつ帰るのかって。かなりの腹ペコらしい」

「あ、そうなんだ。もしかしてもっと早く帰らなきゃいけなかった?」

「ううん、全然。姉からは何時に帰ってくるか事前に連絡なかったし、それにいい大人なんだから、メシくらい一人で作れるだろうし」


 俺がそう答えると、優木坂さんはホッとしたような様子を見せて、続けて口を開いた。

 

「青井くんのお姉さんって、どんな人なの?」

「うーん、マイペースな人かな。気まぐれで、自由気ままで……」

「青井くんが振り回されてる感じ?」

「まさにそんな感じ。遊び好きの酒好きでさ。しょっちゅう友達と遊びに行ったり、旅行に行ったり……そんで相手がいないときは俺が付き合わされるっていうね」

「ふふ、楽しそうな人だね」

「楽しいかどうかは知らないけど、元気ではあるよね」


 俺は普段の姉の振る舞いを頭に思い浮かべて、思わず嘆息たんそくした。

 

「まぁ、色々相談に乗ってもらったり、助けてもらったりすることもないわけではないから、悪い姉ではないかな」

「青井くんのお姉さんか……わたしも一度会ってみたいな」

「まぁ、機会があればね。たぶん姉さんも優木坂さんのこと気にいると思うな」

「ほんと? 嬉しいな」


 俺がそう言うと、優木坂さんは嬉しそうに顔をほころばせた。

 ま、そんな機会は永遠にこないだろうけどね。

 

 それからしばらくの間、電車に揺られているうちに最寄り駅に到着したので、二人で降車した。


***


 そして駅前ロータリー広場にて。

 お互いの家が反対方向なので、ここでお別れだ。


「それじゃあ優木坂さん、今日は本当にありがとう。また来週、学校で」

「うん。またね、青井くん」


 別れ際、お互いに挨拶を交わした後、優木坂さんは背中を向けて歩いていく。

 その遠ざかっていく後ろ姿をしばらく見送っていると、優木坂さんは何度かこちらを振り返って、その度に笑顔を向けて手を振ってくれた。なので、俺もそれに応えて小さく手を振る。


「ふふ、あんなに何回も振り返らなくてもいいのにな……」


 彼女の姿がすっかり見えなくなったところで、なんだか可笑おかしくなって俺は一人つぶやいた。


「さて、俺も帰りますかね……」

 

 俺も自宅に向けて歩き出そうとした丁度そのとき、スマホが震えた。

 ポケットから取り出して画面を確認してみると電話の着信だった。

 画面に表示された名前は『姉』となっている。

 

「もしもし」


 俺は通話ボタンをタップして応答する。

 しかしスマホの受話口じゅわぐちからは、何も聞こえてこなかった。いつもの姉からの電話は、思わず耳を離したくなるくらいやかましいんだけど。

 

「もしもし? 姉さん? どうかした?」

「……」


 どうしたんだろう。電波が悪いんだろうか。

 

「ちょっと姉さん、どうしたの?」

「……」

「おーい?」

 

「……もしもし、わたし、お姉ちゃん」

「は?」


 俺は困惑して、一旦スマホを耳から離す。

 すると。


「今、あなたの後ろにいるの」


 俺の名を呼ぶ姉さんの声がハッキリと聞こえた。

 それはスマホ越しというよりも、もっとすぐそばで発せられたような鮮明な声。

 そう、まるで真後ろで話しかけられているような。


 俺はゾッとして背後を振り返る。


 そこには、スマホを片手に持った、満面の笑みを浮かべている俺の姉――青井亜純あおいあずみの姿があった。


「ね、姉さん……! なんでここに!?」

「ねえ、今の子誰? 可愛い子だねぇ!  まさか彼女? さぁ洗いざらい説明してもらおっかな〜。あ、その前にコンビニでお酒買ってくるから、ちょっと待っててねぇ」


 その瞳は、好奇心と期待と悪意とで、爛々らんらんと輝いていた。

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