66話 告白

 ここに来る途中。走りながら、頭の中では詠に会ったら最初になんて声をかけようか、ずっと考えていた。


 お待たせ。ごめんね。ありがとう。


 また、実際に彼女の後姿を目にしたとき、別の言葉がいた。

 今日の彼女は浴衣に身を包んでいた。白を基調に、紫色の可愛らしい花びらがあしらわれたあでやかな浴衣。

 それにいつも下ろしている髪も、お団子にしてアップでまとめられていた。


 綺麗だね。浴衣、似合ってるよ。


 だけど、いざ彼女の顔を見たら。

 そんなフレーズは全部吹っ飛んでしまって。

 結局、俺が一番詠に届けたかった想いだけが、言葉になった。



「詠。



 俺は目の前に立つ詠の瞳を真っ直ぐ見つめて、そう告げる。

 あれだけ怖かった、その言葉。

 何をそんなにビビっていたんだろうと、呆気なく感じるくらい、すんなりと伝えることができた。


 詠は瞳を丸くして固まっているようだった。

 

「夜空……くん……」


 彼女の口から、か細い音がこぼれる。


「俺と付き合ってくれ」


 もう一度、自分の気持ちを伝える。

 今度はもっと具体的に。俺が君に何を求めているか。

 まっすぐに、届ける。


 そんな、人生初めての告白だった。


「きゃー! 何、何!? なんで突然告白してんの!?」

「うへぇ、まじか!」


 詠の後ろにたむろしていたクラスメイト達が騒ぎ出す。

 道行く人たちも、なんだなんだとこちらを振り返る。


 そんな好奇の視線なんて、全然気にならなかった。


「は、ハハハハッ。青井……お前、突然現れて、なにトチ狂ったこと言い出してんの?」


 黒野が俺と詠の間に割って入るように笑い飛ばす。その笑顔には明らかな敵意が含まれていた。


「詠ちゃん、困ってんじゃん。お前みたいな陰キャに突然そんなこと言われてさ……それにお前ッ、少しはTPOわきまえろって。こんな人が大勢いるところで告白なんて、冗談にしても身体張りすぎだろ。ハハハッ……」

「黒野」

「あ?」

「あの時の質問の答え――今返すよ」

「あの時の、質問?」

「俺は詠が好きだ。大切に想ってる。だから、

「――ッ」


 黒野の目をまっすぐニラみつける。


「お前が詠を傷つけるつもりなら、俺は詠を守り続ける」

 

 キャーッというクラスメイト達の黄色い悲鳴が上がった。

 黒野は顔をひきつらせて一歩後ずさる。まるで気圧けおされるように。


 これで告げるべきことは告げた。もうこいつに用はない。

 俺は黒野の横を通り過ぎて、詠のもとへ近寄った。

 そして、手を差し出す。


「詠。俺は――」


 ずっと自分が好きになれなかった。

 

 顔も。

 デクノボーなこの身体も。

 ウジウジしている性格も。

 皆が好きなことを、好きになれない感性も。

 ぼっちでいることを、いっそ割り切れたらどんなにか楽なのに、心のどこかで人との繋がりを諦めきれなかった生き方も。

 

 全部イヤで仕方なかった。


 でも。

 君はそんな俺を肯定してくれた。

 俺の隣で笑ってくれて。

 一緒にいて楽しいと言ってくれた。

 俺はそれがとても嬉しかったんだ。

 

 俺は君が好きだよ。

 君と一緒にいる時間が本当に大好きなんだ。


 なのに、ごめん。

 そんな君を傷つけてしまって。

 君を一番傷つけたのは、黒野じゃない。

 他ならぬ俺自身だ。


 君は皆に優しいから。皆に笑顔を向けているから。

 君への好意をハッキリ自覚した後、急に怖くなったんだ。


 いつも俺に向けてくれる笑顔は、実は好意でもなんでもなくて。

 全部、俺の一人相撲なんじゃないかと思えて。



 要は、を信じていなかった。俺は。



 もう二度と。そんな間違いは犯さない。



 俺は、君が信じてくれた、俺を信じる。


 

 今ここで誓うよ。だから。

 



「俺といきてほしい。きみに」



 

 万感の思いを込めて、彼女に言ノ葉を届けた。


「夜空くん――」


 詠の顔がくしゃりと歪んだ。彼女の瞳から涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。


 俺が差し出した手に、彼女の小さな手がそっと重なった。


「うん、うん――」


 彼女は泣きながら。


「私も、夜空くんのことが好き。大好き――ずっと私と一緒にいてください」


 それでも言葉を紡いで、最高の笑顔を見せてくれた。


 その瞬間――


 周りの喧騒が遠のいて、世界は俺と詠だけになったような気がした。

 俺はその手をぎゅっと握りしめる。


「行こう。詠」

「うんっ」


 俺たちはそのまま、やがて太陽を隠す、夜の中へと駆け出していった。

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