45話 図書館で勉強

 そして放課後。


 もはや日課と化した教室の掃除を二人でサクッと終わらせた後、俺と詠は学校の図書室へとやってきた。

 ラウンジに置いてあるテーブルにリュックを置いて椅子を引く。隣では詠が「よいしょ」と言って腰かけた。


 図書館内には自習専用スペースも備えられているのだけど。勉強会ということで、多少のヒソヒソ声くらいは生まれることを見越みこして、小声であれば会話が許されるこの場所で勉強をすることにした。


 着席してから、ぐるりと首を回して辺りを見渡してみると、席の空き具合は半々といったところだった。

 黙々とシャーペンを走らせる殊勝しゅしょうな生徒や、ヒソヒソ声で時折おしゃべりをしながら勉強をするカップル、はたまた腕を枕に机の上に突っ伏してグースカ眠っているヤツなど、生徒たちの過ごし方は色々だ。


 俺と詠は、教科書やノートを取り出して、早速勉強に取り掛かることにした。


「閉館は八時。とりあえず一時間くらい頑張ろっか」

「オッケー」


 詠の提案に大人しく俺は返事をする。


「ちなみに、夜空くんの得意科目と苦手科目は? 教えて」

「うーん、数学はまだマシかな。苦手なのは英語と、特に国語がキツい……現国も、古文も」

「え、意外。夜空くん本読む人だし、勝手に文系科目は得意だと思ってた」


 詠がちょっとだけ目を丸くしながら、そんなことを言った。


 まあ、本を読むといっても詠のような読書ガチ勢じゃなくて、漫画やラノベばっかりだからね。

 しかも小説の範疇はんちゅうに収まるであろうラノベだって、有名な作品とか、アニメになってるような作品ばっかりだし。


あれ、改まって冷静に考えると、俺、本読む人違くない?


「なんていうか、数学の問題って、絶対的な答えがあるから。ヘンな話、公式を暗記して、使い方のパターンさえ覚えちゃえば何とかなるけど、国語ってそうじゃないっていうか……登場人物の気持ちを考えなさい! とか、作者の主張を答えよ! みたいなふわっとした問題多いじゃん? そういうのマジで苦手で……」

「なるほど。でも、その手の問題って、問題文とか下線部分を手がかりにして、出題者の意図をみ取れば割りと解けるし、そもそも学校のテスト程度だったら、授業さえ聞いてれば、ある程度点数取れると思うよ」


 詠はさらっとそんなことを言う。

 そりゃあ、詠くらい地頭じあたまがよければそうでしょうね。


 そんなちょっとしたイヤミが喉元まで出かけたとき、詠がカバンから一冊のノートを取り出して、俺の方へ差し出した。


「はいこれ。私が作った国語のノート。板書ばんしょだけじゃなくて、先生が喋ったこともまとめてあるから、多分役に立つと思う」

「え!? いいの!?」


 思わず声が大きくなってしまった。慌てて口を塞ぐ。

 そんな俺の様子を見て、詠がくすくす笑う。


「いいよ。テスト対策の役に立てて」

「ありがとう」


 詠に感謝しつつ、さっそく受け取ったノートを開く。

 するとそこには、綺麗な字で書かれた文字たちが整然と並んでいて――


「……すげぇ」


 つい感嘆の声が漏れてしまった。

 何というか、すごく見やすいのだ。


 まず字がキレイだ。女の子特有のやや丸みを帯びた可愛らしい字体だけど、整っていて読みやすい。


 それにノートの構成も見事だ。色分けは最低限で、シンプルなんだけど、どこが要点なのかがスッと頭に入ってくる。

 ただ黒板の文字を書き写しただけのノートとは全然違った。正直、参考書として金取れるレベル。

 

 それにわかりやすいだけじゃなく、時折ノートの余白に差し込まれる、猫のイラストが、『ここが重要だニャン』とか、いちいちフキダシ付きで差し込まれていて、とても可愛らしかった。

 授業中にこのイラストを描いている詠の様子を思い浮かべて、俺は思わず顔をほころばせる。


「ど、どうしたの? もしかして何か変なこと書いてあった?」


 ノートを開いて、そのまま固まった俺を見て、詠は不安そうな顔を浮かべていた。


「いや違うんだ。あまりにもわかりやすかったから、なんか感動しちゃって」

「もう、大げさなんだから」

「いやいや、本心だって」

「でもよかったぁ~。人に見せたことなかったから心配だったんだけど……」


 詠はほっとしたように胸を撫で下ろす。


「それじゃあ、まず国語から始めよ ? もしわからないところがあったら遠慮せずに言ってね。私にわかる範囲のことであれば教えるから」

「ありがとう。その時はよろしく頼むよ」


 こうして、俺たちの初めての勉強会がスタートした。

 苦手科目の国語だけど、詠のノートのおかげで、めちゃくちゃ捗る。


 しばらく黙々とノートに向き合って、気がつけば、あっという間に一時間が過ぎ去っていった。


 キリのいいところでシャーペンを置き、椅子にもたれかかって、軽く伸びをする。

 隣の詠に視線を移すと、彼女もまた一段落ついたところらしく、教科書を閉じると、ゆっくりと背もたれに体重を預けて、軽く息を吐いていた。


「お疲れ、詠」

「夜空くんこそ、お疲れさま」


 微笑みながら、一時間の健闘をいたわり合う俺たち。


「ちょっと休憩する?」

「そだね」

「自販機で飲み物でも買おうか」

「あ、賛成」


 俺の提案に、詠は笑顔で同意した。

 荷物はそのままで、貴重品だけ持って、図書室を出る。


「詠の素晴らしいノートのおかげさまで、とっても勉強がはかどりましたので、ここは俺がオゴらせていただきます」

「なーに、かしこまって。別にいいのに」

「いや、ほんと助かったから。ここはオゴらせて」

「ふふ。そこまで言うなら、じゃあお言葉に甘えて、ごちそうになります」


 詠は嬉しそうに笑ってくれた。

 そして俺たちは、二人で並んで廊下を歩いていった。

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