44話 もうすぐ期末テスト

「ごちそうさまでした」


 詠の作った虚無のお弁当を骨のずいまで堪能たんのうした後、空っぽになった弁当箱を前に、俺は手のひらを合わせて、食事を終えた。

 

 詠の作ったおかずは、どれも満遍まんべんなくマズかったのだが、フルーツとおにぎりの味は普通だったので、なんとか完食することができた。


 ごちそうさまの言葉の意味が重い。


「お粗末さまでした」


 隣で詠が笑顔を浮かべてそう言う。


「ありがとう、詠。お弁当、俺のために作ってくれて嬉しかったよ」


 味はともかく、詠の気持ちは本当に嬉しかったから、そのことを素直に伝える。

 そのセリフを受けて、詠は恥ずかしげに頬を染めて、顔を綻ばせた。


 ああ、この笑顔のためなら、あと百回だって、この弁当で身をいたって構わない。

 喉元を過ぎればなんとやら。俺は本心からそんなことを思った。



「そういえばさ、来週からテスト週間だよね」


 食後のまったりタイム中、詠が思い出したように口を開いた。


「ああ、もうそんな時期だっけ。はあ、期末テストか。ユーウツだなあ」


 俺はため息交じりに言葉を返す。

 

 我らが東高校では、定期試験の二週間前からテスト当日までが、いわゆるテスト週間となっている。

 その間は学生は部活動やアルバイトは原則禁止となり、少なくとも、勉強に集中しなければならない期間となっているのだ。


 学生の本分は勉強であるとはいえ、大多数のフツーの学生にとって、定期試験は気が重いものである。少なくとも俺にとってはそうだった。


「夜空くんは、勉強の調子はどう?」

「はは、それ聞いちゃう? 中間と比較して、どこまで成績を落とさないですむか。そんな分の悪い戦いを強いられそうだよ」


 詠からの問いかけに、俺は苦笑気味に応じた。

 実際、俺の勉強の進捗状況はあんまりかんばしくない。それに中間よりも期末の方が、科目も出題範囲も広いし。

 なんとか赤点だけは回避したいところだが、どうだろうか。


「じゃあさ。もしよかったらなんだけどね――」



 詠はそこで一拍置くと、少し遠慮がちに上目遣いになって言葉を続けた。

 

「テスト期間中、一緒に勉強しない?」

「詠と俺が? 一緒に?」

「うん。一緒に」


 詠が投げかけた提案。それは思ってもいないものだった。

 

 正直、詠と一緒に勉強するというのは、俺にとってありがたい話だ。


 俺が一人で勉強したとして、集中できるのはせいぜい最初の一時間くらい。

 その時間を過ぎると、ついついスマホに手を伸ばしたり、小休憩と称して漫画を読み出したり、はたまた机周りの散らかり具合が気になって掃除を始めたりと、とにかく時間を浪費しがちだ。

 

 その点、誰かと一緒に勉強すれば、サボったりダレてしまうことも少なくなるだろうし、また、分からないところを質問し合えるというメリットもある。

 

 なにせ、詠は学年トップクラスの学力の持ち主だ。

 彼女に教えてもらいながら勉強すれば、俺一人でやるよりも、ずっと効率よく学習できそうだ。

 

 ただ一つだけ、大きな懸念があるような気がした。


「でもいいの? 俺なんかじゃ詠に教えられることなんてないだろうし。詠一人で勉強した方がよっぽど効率的じゃない?」


 そう。詠の提案は、彼女自身に何らメリットがないように思えたのだ。

 だから、確認の意味で、俺は詠へそう問い返す。

 

 詠は俺の問いかけに、首を左右に振って否定してみせた。


「そんなことないよ。ずっと一人だと勉強に集中しきれないっていうか、ついついダレちゃうし。それに、一人より二人でやった方が、きっと勉強も楽しいと思うんだ。 もちろん、無理にとは言わないし、夜空くんさえよければの話だけど……」


 最後の方は自信なさげに声が小さくなっていったものの、詠は自分なりの考えを伝えてくれた。


 なるほど、確かに彼女の言い分はもっともだ。

 

 一人より二人なら、勉強だって楽しい。

 その通りだと思った。

 だって、その相手は、他ならない詠なんだから。

 

 詠の負担でなければ、一緒に勉強することに、断る理由は何もなかった。

 

「分かった。喜んで」

「ほんと!?」

「うん」

 

 俺の返答を受けて、詠の顔がぱっと明るくなる。


「でも、あらかじめ謝っておくけど。一緒に勉強するってなったら、多分、俺、詠におんぶに抱っこで、色々頼っちゃうと思うよ。ホントに大丈夫?」

「全然オッケー。私が夜空くんの役に立てることがあれば、本当に嬉しいの、だから、むしろ、どんどん頼ってくれていいんだよ」

 

 詠は本当に嬉しそうな表情でそう言ってくれた。

 そこまで言われたら、男として、これ以上の遠慮えんりょ無粋ぶすいというものだろう。

 

「ありがとう、詠。それじゃあ、お言葉に甘えて、これからよろしくお願いします」

「はい、こちらこそ。ふつつか者ですが、どうぞ末永くよろしくお願いいたします」

 

 冗談めかした口調で、詠はそう言った。


「なんか、そのセリフ変じゃね?」

「あはっ、そうだね」

 

 そして、俺たちはどちらからともなく笑い合った。


「じゃあ、いつから始めようか。勉強会」

「もちろん、早速今日の放課後から!」

「え? 今日から?」

「うん。ちょっとでも長い時間勉強できたほうが、いいよね?」


 詠は張り切った様子でそう言った。

 個人的には、テスト期間は来週からなんだし、勉強も来週からにして、今日くらいは最後のフリーな放課後を満喫したいと思わなくもなかったのだが。

 

 まあいいか。

 

「了解。それじゃ、場所はどうしようか?」

「図書館でいいんじゃない?」

「ああ、いいね。静かだし」

「うん。じゃあ、そういうことで決定。よろしくね、夜空くん」


 こうして俺と詠は、期末テストに向けて、一緒に勉強することになった。

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