5章 恋とテストの勉強中

43話 度し難いお弁当

 俺と詠の初デートから、早くも一週間が経った。


 こよみは六月から七月に移り、制服は冬服から夏服に変わって、気温が三十度を超える、いわゆる真夏日の割合が増えてきた。

 

 このところの天気は安定していて、空には雲一つない快晴が続いている。まだ関東で梅雨明け宣言は出ていなかったと思ったが、まあ時間の問題だろう。


 つまり、季節は夏本番を迎えようとしていた。

 

 そんな、とある金曜日の昼休み。

 俺と詠は、学食の端っこ、窓際の席に、隣り合って座っていた。


 金曜日は詠と二人でお昼ごはんを食べる日。

 

 俺たち二人の間で結ばれた、秘密の約束ルールに従って、一週間のうち金曜日だけは、こうして二人でこっそりと教室を抜けだして、顔を合わせてお昼休みを一緒に過ごす。


 だけど、なんだかんだで二人一緒にご飯を食べているところを周囲に見られるのは恥ずかしいわけで。

 それに、万が一、そのことが原因で、俺たちが付き合っているなんていう、誤解を周囲に与えてしまったら、詠にトンデモない迷惑がかってしまう。


 なので、ご飯を食べるスポットは中庭や屋上など、人気のあまり多くない場所を選ぶように――したかったのだが。

 

 俺は学食の窓の外に広がる雲ひとつない青空と、その中央でギラギラと、まるでこっちにケンカを売っているみたいに、攻撃的に輝く太陽に目をやった。


 こんな暑い日に冷房の効いていない外で弁当なんて食べたら、あっという間に汗ダラダラだし、最悪、熱中症でダウンしてしまうだろう。


 ということで、やむを得ず、俺と詠は、生徒たちでごった返す学食までやってきたのだ。

 学食ここなら逆に人が多すぎるので、俺たちが二人でいても、かえって目立たないだろうという、木は森に隠せ的な目論もくろみだ。


「私は別にどこでも気にしないよ」


 ちなみに詠はそんなことを言う。

 ゴメン。チキンな俺はそれでも気にするんだ。


 ***

 

「夜空くん。お待たせしました。お弁当、作って来たよ」


 満面の笑顔を浮かべた詠は、そう言って、膝元に抱えていた少し大きめのランチバッグを机の上に置いた。

 そのまま鼻歌混じりに中身を取り出す。可愛らしい小ぶりの弁当箱と、それよりひと回り大きい、少し無骨な弁当箱が並べられた。


「念のための確認だけど、このお弁当を作ったのは……」

「私だよ」

「ですよね」


 聞かずともわかっていた答え。だけど最後の悪あがきと言わんばかりに、その問いを投げかけざるを得なかった。


「ね、早く開けてみて」

「は、はい」


 期待に満ちたキラキラした瞳で俺を見つめてくる詠。

 その瞳に後押しされるように、俺はおそるおそるフタに手をかける。


 このヒリつくような緊張感。紛争地帯でこれから地雷除去にあたる工作兵もかくやというほどだ。


 パカッ。

 ドキドキしながら、俺はフタを持ち上げた。


 弁当箱は二段重ね。

 一段目には、色とりどりのおかずが詰まっていた。

 玉子焼き、唐揚げ、ハンバーグ、きんぴらごぼう、うさぎ型にカットされたりんご……etc……


 そのどれもがとても美味しそうに見える。


 そして二段目には、海苔のりが巻かれた大きなおにぎりが二つ。シンプルながら形のよい三角形で、実に食欲を刺激するフォルムをしている。


「うまそう……」


 弁当箱の中身を見て、俺は思わずつぶやく。

 正直、外見はめちゃくちゃ美味そうだった。


 前回食べた詠の作ったゲロマズ玉子焼きは、なにかの間違いだったんじゃないかと、そんなほのかな希望が生まれてくる。


 そうだ、そうだよ。きっと砂糖と塩を間違えて入れちゃったとか、そういう基本的なミスなんじゃないか。そうに違いない。いや、そう信じよう。


 目から入った視覚情報が、俺の胃袋を容赦なく刺激する。俺のお腹からはぐぅ~っと切なげな音が鳴り響いた。


「ふふっ」


 そんな俺の様子を見て、詠の口元がほんのり緩む。


「夜空くん。どうぞ、召し上がれ」

「い、いただきます」


 それから、詠のその言葉に促され、俺ははしを手に取った。

 まず俺が選んだのはハンバーグ。

 恐る恐るといった感じで、俺はそれを口に運び、ごくりとツバを飲んでから、思い切って口の中に放り込んだ。


 もぐもぐもぐ……


「こ、これは……」


 俺は口元に広がるとある感触を確かめるべく、別のおかずにはしを伸ばす。

 からあげ、きんぴら、そして、前回痛い目をみた玉子焼き。


 やはり、同じ味だ。


 いや、正確には。

 


 完全なる虚無。まるで、タレも何もつけていないお寒天かんてんをひたすら口に頬張ほおばっているようなこの感覚。


 どうすれば、どうすればこの味を再現できるんだ。


 これは、もう、料理が下手だとか、そんな次元じゃないぞ。

 もっと。もっと、恐ろしいなにか……


「ね、どうかな?」

「ひっ」


 俺の顔を覗き込むようにして、詠が問いかけてきた。


「あ、ええと」

「夜空くんが薄味の方が好みだっていってたから、薄味にしてみたんだけど」


 薄味ってレベルじゃねーぞ!

 思わず口にでそうになったけれど。


「いや、うん。美味しい。あははは」

「ほんと!? よかった! たくさんあるから、遠慮しないでいっぱい食べてね!」

「う、うん。ありがとう」


 ゴメン詠。またしても俺はキミにウソをついてしまった。

 詠の嬉しそうな顔を見たら、本当のことなんて言えるはずもなかった。

 

 それに、そもそも詠は俺のためにこのお弁当を作ってくれたんだから、その気持ちだけでも十分に嬉しいのだ。その気持ちがすでに美味しいのだ。

 

 そう、味なんて二の次なのだ。

 だからウソはついてない!


 この弁当は美味しい!!


「私も食べようっと。いただきます」


 俺の反応を満足げな様子で見届けた詠は、自分の弁当箱のフタを開いた。

 そして、そのまま、何でもないような様子で、おかずに手を付けていく。


 ま、マジかよコイツ。


「詠、一つ聞いていい?」

「なに?」

「その弁当も、詠が作ったんだよね?」


 俺は詠が食べている弁当を指さしてそう言った。


「うん、そうだよ」

「そっか……」

「それがどうかしたの?」

「あ、いや、なんでもないんだ」

「変な夜空くん」

「あはは……」


 俺は乾いた笑いを浮かべた。

 どうやら詠は、自分の作った弁当の味に、なんら違和感を抱いていないらしい。


 なんとなく、子供の頃、何かの漫画で読んだフレーズが頭の中に浮かんだ。

 


 フグは自分の毒では死なないのだ。

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