42話 優木坂詠は家族に相談していたようです
「――えっと、今日は、こんな感じだったよ」
私――優木坂詠は、リビングのソファに座りながら、家族に今日一日の出来事を語っていた。
L字型のソファには、お母さんと
私の話を聞いた二人は、ほうっとため息をついて、しみじみといったような表情を浮かべた。
「楽しかったみたいで、なによりねぇ。ねえ文?」とお母さん。
「うん。でも、お姉ちゃん凄いねー。プールに誘うだけじゃなくて、水着を一緒に買っちゃうなんて! 大胆!」
文が無邪気な声を上げた。
「そ、そうかな。やっぱり夜空くんに引かれちゃったかな……」
妹の言葉を聞いて、急に不安になる私。
夜空くんと一緒にいるときは、楽しくてテンションが上がりっぱなしだったので、あまり気にならなかったけど。
文の言う通り、冷静になってみるとかなり大胆なことをしてしまった気がする……私らしくない行動だった。
「そんなことないと思うわよ? 夜空くんも喜んでくれているんじゃないかしら?」
そんな私をお母さんがフォローしてくれる。
「そうかな?」
「ええ。むしろアタシはよくやったと思うわ、詠。アナタが持っている
「大きな武器……?」
「きっと夜空くん、タジタジね。詠、私に感謝しなさい」
「……?」
私は眉根を寄せて首を傾げる。だけど、お母さんは口元に手を当てて、意味深な笑みを見せるだけだった。
「ねえねえ、お姉ちゃん。私も夜空さんに会ってみたいな~。今度、お家に連れてきてよ」
突然、文がそんな事を言いだす。
「え、でも。流石にうちに呼ぶのは――」
「なんで? お姉ちゃんは夜空さんの家にもう行ったことあるんだし、こうして今日デートもしたんだから、今度はうちに来てもらう番だよー!」
文は十歳になりたてとは思えないくらい、ませたことを言ってきた。
確かに、なんの確証もない都合の良い予想だけど、私が誘っても、夜空くんは受け入れてくれるような気がする。
あ、だけど。
「しばらくは、ちょっと都合が悪いかな」
「なんで?」
「もうすぐテストがあるから。勉強しないと」
「えー、一日くらい、いいじゃーん」
「ダメだよ。テスト期間中はちゃんと勉強しないと。だから、もし誘うとしても、それが終わってからかな……」
「ぶーぶー、お姉ちゃん固すぎ!」
そういって文は口を尖らせた。
そりゃ私だってテスト期間中、夜空くんと一緒の時間が減っちゃうのは寂しい。だけど、それは私のワガママだ。
だって学生の本分は勉強なわけで。勉強の好き嫌い、得意不得意は置いておいて、その結果を図るテストは、すべての学生にとって大切なもの。
私のワガママで、夜空くんのその時間をジャマしたくない。
するとそこで、お母さんが私と文の会話に加わってきた。
「それじゃあ、夜空くんと一緒に勉強したら?」
「え?」
「あなた、勉強得意なんだし。二人で一緒に勉強したら、夜空くんも助かるんじゃないかしら」
「そうかな」
勉強会。
確かに、お母さんの提案は悪くないアイデアのように思えた。
一緒に勉強するということなら、テスト期間中に夜空くんと一緒でも、彼のジャマにはならない。
夜空くんと二人の時間がまた増える。
もちろん、遊びじゃなくて勉強なのだから、おしゃべりしたりするわけじゃないけど、私にはただ一緒に居られるだけでも十分すぎるくらい嬉しかった。
そう思った途端に、心臓がドキンと跳ねるのを感じて、頬が熱くなった気がした。その衝動を逃すために、ムギの背中をなでてあげた。
「うん。誘ってみる、ことにする」
私は照れながら、お母さんの言葉に同意した。
「それじゃあ、家をピカピカにしておかないとね。掃除は任せなさい」
「わーい! 夜空さんに会えるの楽しみだなー!」
お母さんと文が楽しげな声を上げた。
「で、でもまだ決まったわけじゃないから――」
「にゃあん!」
「あ、ごめんムギ」
どうにも恥ずかしくなって、つい体を動かしたことで、膝の上で眠っていたムギを起こしてしまう。ムギは私の膝からひらりと床に降り、そのまま、奥の部屋の方へ行ってしまった。
私はその様子を目で追ってから、ほうっとため息を一つついて、正面に向き直る。
「詠」
「え?」
そんな私を呼ぶお母さんの声がした。
「あなた、変わったわね」
「え? 私が? そうかな」
「自分のことを、こんなにお話してくれるなんて、思ってもみなかった」
そう言ってお母さんは目を細める。
確かに、そうかもしれなかった。
中学までの私は、家族に自分のことを話すことはあまりなかった。
別に仲が悪かったわけじゃないし、本の話ならいくらでもしていたけれど。
学校でいつも一人、仲の良い友人がいなかった私には、トクベツ、家族に話すようなエピソードがなかったのだ。
でも、今日のことは話さずにはいられなかった。
この胸のドキドキは、戸惑いは、喜びは。私一人で抱えているには大きすぎたから。
「詠。これからも、色々相談してね。家族なんだから、いつでも力になるわ」
「文もー! お姉ちゃんにアドバイスしてあげるねー!」
お母さんと文は、そう言ってニッコリと笑った。
「ありがとう。お母さん、文」
私は素直に二人に感謝する。そして。
「あ、そうだ。それじゃさっそく相談があって――」
「あら、何?」
「実は、今度、夜空くんにお弁当を作ってあげようと思って。彼、いつもパンだから」
「え……?」
「お姉ちゃんが……お弁当を……?」
ん? なんだろう。二人の表情が固まった気がする。
その反応に少し引っ掛かりを感じたけれど、まあ気のせいだろう。
「うーん。そ、それは、ちょっと、どうなのかな~。ほら、お弁当だったら、私が二人分、作るわよ、ね?」
「ううん、それじゃイミないの。だって夜空くんね。偉いんだよ。私と同い年で、男の子なのに、家のことを全部自分でやっててね。私もちょっとは見習わないと」
「そ、それは
「付き合わされた夜空さんが、死……」
「し?」
「あ、えーっと、ゴニョゴニョ……」
二人とも変に目が泳いで、歯切れが悪い。
「でも、ママ。これってあるイミ、夜空さんの本気を試せるチャンスかも――」
「そ、そうね。たしかに」
「え? 本気って。なんのこと?」
二人の言っていることがよく分からず、私はただ首を傾げた。
「なんでもない。いいわ、詠。こうなったら思いっきりやりなさい」
「うんわかった。ふたりとも、味見に付き合ってね」
「え……」
なんだろう。お母さんと文の顔が引きつった気がした。
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