3章 いわゆるひとつのお約束エピソード
22話 満員電車
ピザパーティーから二日がたった月曜日の朝。
どんよりとしたねずみ色の雲が空を
昨晩は遅くまで起きていたせいで、眠気が抜けきっていなかった。
その理由は、土曜日の夜、優木坂さんとの別れ際に「今度二人で遊びに行こう」なんて、影キャらしからぬお誘いをしてしまったから。
俺から言い出した手前、きちんとプランを練らなければと思い、夜通し――というか一日中、スマホとにらめっこしていたのだ。
どこに行くべきか、お昼は何を食べるのか、何時集合で何時解散にすればいいのか、夜ご飯は食べた方がいいのか、食べずに解散の方がいいのか、などなど。
とにかくいろいろなことをグルグルと考えて、そして答えが出ない。
女の子と二人で一緒に遊びに行くなんて初めての経験なので、まったく勝手がわからなくて、ただただ思考が空転していくのだ。
そのくせ、優木坂さんと一緒に歩いている当日の自分の姿を想像したりして、どんどん意識は
まったく。なんで考えもなしにあんなことを言ってしまったのだろうか。
そんなこんなで結局夜更けになってもなかなか寝付けずに、結果として、猛烈に睡魔に襲われてる
「あれ……あそこに立ってるのは」
駅前広場に差しかかったところで、通勤通学の人達が忙しそうに行き交う中、改札口へ通じる登り階段の手前に、見覚えのある制服姿の少女が立っているのを見かけた。
「おはよう。青井くん」
俺の姿を見るなり、笑顔でこちらに手を振ってくるその少女は――優木坂さんだった。
「優木坂さん、おはよう……どうしてここに?」
「へへ……驚いた? せっかくご近所さんなんだから一緒に登校しようと思って。待ってたんだ」
「待ってたって……俺のことを?」
「うん!」
優木坂さんはそう言って、屈託のない笑顔を浮かべる。その表情を見て、俺の心臓がドクンと大きく脈打った気がした。
なんというか……とりあえず眠気は吹っ飛んだ。
「あ、あと三分で電車来ちゃうよ! いこ?」
「う、うん」
優木坂さんに
***
月曜日の朝の車内は、通勤ラッシュ真っ盛りといった感じで、これから仕事や学校に向かうサラリーマンや学生達で、おしくらまんじゅう状態だ。
そんな中でも俺と優木坂さんは、どうにかドア付近のわずかなスペースを確保することができた。
「私、この時間の電車に乗るの初めてだけど、結構混んでるんだね……」
「優木坂さんはいつも何時くらいの電車に乗ってるの?」
「えっと……一時間くらい前のヤツ」
「あー、その時間帯だとまだまだ満員電車って感じじゃないよね」
「うん……」
「……大丈夫?」
「大丈夫だよ、ありがとう」
口では大丈夫といっているのだが、優木坂さんはこの電車の混雑具合に慣れていないのだろう。明らかに面食らっているようだ。
「優木坂さん、扉側にきて」
俺はせめて周囲の人垣に優木坂さんが潰されないようにしようと思い、自分の身長の高さを利用して、人垣を背負うような体勢で片手を扉についた。
優木坂さんとは向かい合うような立ち位置になる。
「これで少しはスペースができたでしょ」
「あ……ありがとう」
図らずも壁ドンのような体勢になってしまい、少し恥ずかしいけど、優木坂さんが潰れるよりはいいだろう。
それにしても距離が近い。
俺と優木坂さんの身長差のせいで、ちょうど俺の顔のすぐ下あたりに彼女の顔が来ている。
そして優木坂さんは上目遣いで俺の顔を見つめてくるものだから、気恥ずかしくて正面を見続けることができない。
だからといって、視線を
なので、視線をどこに定めようと、結局は彼女の存在を強く意識してしまう。
そんな風にドキドキしていると、電車が一つ先の駅に到着した。
俺たちが立っている反対側の扉が開き、更に沢山の人が
「うわ――」
「きゃ」
二人とも思わず声が出てしまう。
というのも、それまでは俺と優木坂さんとの間に多少の空間があったのだが、乗り込んできた人波に俺の背中が押し込まれて、お互いの身体が完全にくっついてしまったのだ。
ぽよん。
そんなオノマトペが聞こえてきそうな感触と共に、優木坂さんの大きな胸の膨らみが、俺の胸元に押し付けられた。
これはまずい。
息がかかりそうなほど至近距離にある優木坂さんの頭。より強く鼻腔をくすぐる甘いシャンプーの香り。
これだけで
理性を守るためになんとか離れたいのだけど、背後から押される力が強すぎて上手く動けない。
「ご、ごめんね。優木坂さん」
「全然ヘーキ。だってこれだけ混んでるんだからしょうがないよ。あはは……」
「……」
「……」
一言二言交わして、そして沈黙。
しかし次の瞬間、電車がカーブに差し掛かり、車内が大きく揺れた。
「あぅ」
「あんッ」
その拍子に俺たちはお互いに変な声を出してしまった。
揺れのせいでバランスを崩した俺たちの身体はさらに強く密着してしまい、もうほとんど抱きしめあっているんじゃないかって格好になってしまったのだ。
言葉にならない声を上げて、優木坂さんは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
当然俺も顔が熱くなってしまう。たぶん優木坂さんに負けず劣らず真っ赤になっていることだろう。
「ほ、ほんとにゴメン! 今のはわざとじゃなくて――」
何に対しての謝罪なのかよく分からないが、俺はとにかく優木坂さんに謝る。
「だ、大丈夫だよ。青井くんは悪くないし、それに……」
「……それに?」
「……その、嫌じゃないよ。こういうの」
「え……」
優木坂さんのその言葉を聞いて、俺の心臓は大きく跳ね上がる。
「それって……」
「えっ? あっ! ち、違うよ? そういう意味じゃなくて……! そ、そう! 満員電車ってこんな感じなんだなって思っただけ!」
自分で言った台詞をうけて、優木坂さんは大いに慌てふためいてしまった。
それからは、俺たちの間に会話らしい会話は生まれなかったけれど、その代わりに、痛いくらいにお互いの存在を意識する。
優木坂さんは俯いたまま。
俺は気恥ずかしさでまともに優木坂さんの方を見ることができず、
二人とも、ただひたすら無言で電車に揺られていた。
やがて最寄り駅到着のアナウンスが流れて、その後電車は停車した。扉が開くと同時に、車内にいた人たちが一斉にホームへと流れ出す。
俺たちもその波に流されるように、電車を降りた。
不可抗力とはいえ、彼女を散々な目に遭わせてしまった。
これに懲りて、優木坂さんはいつもの通学時間に戻るのだろうなと思っていたけど。
「おはよう、青井くん。一緒に学校行こ?」
次の日も、優木坂さんは駅前広場で俺のことを待っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます