65話 優木坂詠は青井夜空を信じていたようです
親子連れ。子供同士。友達グループ。そして恋人たち。
鳥居の奥には
屋台で売られる様々な食べ物や飲み物の香りが混ざり合って、辺り一面に
「フゥ――……」
そんなお祭り独特の華やかさの中にあっても、私の周りだけ妙に静かに感じる。
手元の腕時計に視線を落とす。
今は午後六時ちょっと過ぎ。
とはいえ、時間を確認したところで、それほど意味はなかった。
だって、待ち合わせ時間は決めていない。
それどころか、きみが来るかどうかもわからない。
「――ッ」
しゃがみ込みたくなった。
自分の身体を必死で両の足で支える。
怖い。
きみは来ないかもしれない。
私が今こうしていることは、ただの
そう思うだけで、私は不安に押し潰されそうになる。
でも、それでも。
ここで待つって決めた。
夜空くんと約束をしたから。
一緒に夏祭りに行こうって。
亜純さんにお願いをして。
文とお母さんにも助けてもらって。
その糸が夜空くんのもとへ繋がっていることを信じて、私はこの場所に立っている。
結局私に出来ることは、信じることだけだ。
だから、待つ。
きっともうすぐ来るはずだから。
その時が来たら、笑顔で迎えよう。
これまでのことなんて、なんでもなかったみたいに。
全然気にしていないよって。
そんな風に、いつものように笑うんだ。
大丈夫。きっと笑ってみせるから。
そう心の中でつぶやいて、もう何度目かわからないけれど、自分で自分を
「詠――?」
そのとき、私の名前を呼ぶ声がした。
私は声の方へ振り返る。
「やっぱり詠だー!」
「ヨミヨミも来てたんだー」
「波美ちゃん……秋穂ちゃん……」
視線の先には、浴衣姿の二人の少女が近づいてくる姿が見えた。
「どうしたのー? 待ち合わせ中?」
「あ、えっと。そんな感じ……かな」
二人が私の格好をまじまじと見つめてきた。
「てか、詠、めっちゃ浴衣似合ってるじゃん」
「ホント、かわい~!」
「ありがとう。波美ちゃんと秋穂ちゃんも似合ってるよ」
「もしかして、彼氏待ちですかー? ヨミヨミも意外と隅に置けないからなぁ」
「そんなんじゃ……ないよ。もう、からかわないで」
当たり障りのない会話を二人と交わす。
「波美ちゃん達は二人?」
「んーんー、クラスの他の奴らもいるよ」
「そうなんだ」
話しながら、ちらりと波美ちゃん達の背後を確認する。
するとそこには、数人の男女の姿があった。
全員が見知ったクラスメイト達だった。
女の子たちは皆浴衣を着ていて、楽しそうに笑い合っている。
その輪の中心にいるのは、黒野くんだった。
私の姿に気づいた黒野くんが、こちらに向かって手を上げて近づいてきた。
波美ちゃんたちと入れ違いになる。
「や、詠ちゃん」
「黒野くん、こんばんは」
「浴衣綺麗だねえ。とっても似合ってる。可愛いよ!」
「ありがとう……」
「今日は一人? 誰かと待ち合わせ?」
「えっと……」
言葉に詰まる。
どうしよう。
何か言わないと。
「……」
だけど、なんて言えばいいのか分からなくて、結局
「もしかして、青井のことを……待ってんの?」
「え……?」
不意打ちを喰らい、思わず声を上げてしまった。
どうして分かったんだろう。
「ふぅん……」
そんな私の反応を見て、黒野くんはニヤリと笑う。彼らしくない、少し意地の悪い表情のような気がした。
でも、そんな表情は一瞬。
「詠ちゃん。もしよかったら、アイツが来るまででいいからさ。俺たちと一緒にお祭り回らない?」
「え……?」
「せっかくのお祭りだし。皆で回った方が楽しいじゃん。一人ぼっちだと寂しいでしょ? それにさ、詠ちゃん可愛いから、一人で居たらナンパとかも心配だよ」
「でも」
「青井が来たら、そのタイミングで合流すればいいんだし。それに俺さぁ。クラス会の日にアイツとトラブっちゃったから、仲直りしたいんだよねぇ。そういうのもあって、仲直りのキッカケを探しててさ」
そう言って、黒野くんは頭をかきながら、はにかむように笑った。
「ね、だからさ。一緒に行こ?」
そう言って、黒野くんは私に手を差し伸べた。
にっこりと、彼らしい爽やかな笑顔を浮かべながら。
私はその手を見つめる。
「私は――」
黒野くんに返事を返そうとした、その時。
「詠」
私の背中。後ろの方から自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
聞き慣れた声。
だけど久しぶりに聞く声。
ずっと、聞きたかったその声。
私は声の方を振り向く。
その姿を見たとき。視界に映る他の全部が色を失った。
そこにいたのは、ただ、きみ。
きみだけが、私の瞳に映っていた。
「夜空……くん」
無意識のうちに、名前を呼んでいた。
胸の奥底から、抑えきれない感情が溢れでる。
「詠」
もう一度、はっきりと私の名前を呼んだ後、きみはゆっくりと私のもとへ歩み寄ってきた。
そして、私のすぐ目の前まで来て立ち止まる。
きみの顔は汗でびっしょり。頬は真っ赤に染まって、肩で息をするように、荒々しく呼吸をしていた。
そんなきみは、真剣な表情でまっすぐに私を見据えた。
「俺はきみが好きだ」
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