35話 水着選び


「あ、でも私……全然水着持ってないんだよなぁ」


 しばらくニヤニヤしていた優木坂さんが、今度は困り顔になってつぶやいた。

 

「そうなの?」

「うん。中学のときに買ったヤツがあるけど、さすがにもう小さくなってると思うし……」


 そう言って自分の胸元をペタペタ触る優木坂さん。


「エッッッッ」

 

「え? なに? 青井くん、どうしたの?」

「あ、いや。ゴメンなんでもないよ」


 優木坂さん。その仕草が、思春期の男子高校生のいたいけな劣情を、痛いくらいに刺激していることに、キミはぜんぜん気づいていないだろうな。

 彼女のその仕草は反則だと思った。俺は必死になって視線を外す……つもりはあったんだよ? うん。

 

 それにしても水着か。


「俺も学校指定の水着しか持ってないな……」

「青井くんも?」

「うん。友達とプールに行く機会なんて、これまで全然なかったし」

「あはは……だよねぇ」


 現在進行形で影キャの俺と、本人曰く中学までは地味で友達がいなかった優木坂さん。これまで二人とも、夏らしいアクティビティには、とんと縁のない青春を送ってきたようだった。


「ねえ……青井くん」

「ん? なに?」


 またしても優木坂さんが身体をモジモジしだした。


「あの、その、もしよかったら、なんだけどね」


 彼女がこれから提案しようとしていることは、そうとう恥ずかしいことなのか、あからさまに頬を赤らめて、視線をテーブルに落とす優木坂さん。

 

「このあと――、一緒に水着を見に行きませんか?」

 

 彼女は上目遣いになって、消え入りそうな声でそんなことを言ってきた。

 

「へっ!?」

 

 予想していなかったお誘いを受けて、思わず素っ頓狂な声が出てしまう。


 一 緒 に 水 着 ?


「あの! その! 別に変な意味じゃないんだよ? 私、水着の選び方全然わからないし。せっかくだから一緒に行く人の意見を聞いて買った方がいいかなと思って……!」


 優木坂さんはアタフタとしながら、自分の提案の意図を説明する。流石に自分で言って自分で恥ずかしい提案だったのだろう。顔を真っ赤にして、なんだか泣きそうな顔になってしまった。

 

 一方で俺の方も、あまりにも突然の提案だったので、うまく頭が回らない。

 俺は混乱しながら優木坂さんの提案を脳内で整理をしてみる。

 

 一緒にプールにいく

    ↓

 そのための水着を一緒に買う。

    ↓

 水着を買うためには当然試着をする。

    ↓

 優木坂さんはおそらく俺の前で水着を披露する。

    ↓

 彼女のおっぱいは、ハァハァ、大きい。

    ↓

 ハァハァ、おっぱいおっぱいおっぱいおっぱいハァハァ、おっぱいおっぱいおっぱいおっぱいハァハァ、おっぱいおっぱい……

    ↓

 宇宙の法則が乱れる!


 俺の脳みそはかつてないほど高速で計算をしたうえで、ようやく言葉を発することに成功した。


「おっぱ……じゃなかった。えっと……その……いいんですかね? 水着選びの場に俺なんかがいて……」

「うん。せっかく二人でショッピングモールまで来てるんだし……」


 優木坂さんは、そこでいったん言葉を切って、照れくさそうに笑う。

 

「それに、青井くんと一緒に水着を選びたいなって思って」

「あわわわわ」


 そんな表情でそんな台詞を言われたら、もうダメです。

 俺の心の中のリトル青井くんが大興奮して大変なことになっちゃいます。というか絶賛現在進行形でもう大変なことになっちゃってます。

 

「ぜひご一緒させてください」

 

 俺は速攻で承諾した。

 だってそうさ。優木坂さんが嫌がっていない以上、断る理由なんて、俺には……皆無ッ!


「よかったぁ……ありがとう、青井くん」


 優木坂さんは安心したように笑った。

 むしろありがとうございますと御礼を言いたいのは俺の方なのにね。

 

 ていうかさっきから俺の情緒じょうちょ、ジェットコースターなんだけどどうすればいいのコレ。


「じゃあ、青井くん。さっそく売り場の方にいってみよう?」

「り、了解!」

 

 こうして俺たちは、二人揃って水着を買いに行くことになったのである。


 ***


 ブックカフェを後にした俺たちは、ショッピングモール内を、アパレルショップが立ち並ぶフロアまで移動した。

 さすがに夏休み直前のシーズンということもあり、売り場の目立つところに特設の水着コーナーが設置されている。

 コーナーの花と言わんばかりに、目立つところに置いてあるのは、色とりどりのレディース水着だ。カラフルで色々な形状の水着が所狭しと展示されている。


「わあ、色々あるんだなぁ……」


 やはり可愛いもの好き、キレイなもの好きというのは女の子の本能なのだろうか。

 優木坂さんは色とりどりの水着を見て、感嘆の声を上げた。


「どれもキラキラしてて綺麗だね」

「そ、そうだね」

 

「あ! これかわいいかも」


 優木坂さんはラックにかけられている、とある水着のかかったハンガーを手に取った。


「青井くん、どう思う?」


 彼女が振り返って俺に見せてくる。かわいらしいフリルのついたパステルピンクのビキニだ。


「ど、どうといいますと……」

「似合うかな」

「いやそりゃもう! 似合わないはずないよ!」


 優木坂さんに意見を求められた俺は思わず声が裏返ってしまった。

 もう、その水着を着ている優木坂さんを想像するだけで、俺は色々キャパオーバーなのだ。

 なんのキャパかって? そんなもん俺が聞きたい。


「えへへ……そう?」

 

 俺の反応が良かったのが嬉しかったのか、優木坂さんは手に持った水着を胸元に当てながら、ニコッと笑ってみせた。あーかわゆ。


「あ、でもコッチも可愛いな……」


 優木坂さんが別の水着を物色し始める。

 

「こっちの水色のワンピースタイプも可愛いね」

「いいんじゃない」

「青井くん的には、さっきのとどっちがいい?」

「え!?」


 海兵隊の新兵訓練ばりのイエスマンと化した俺に意見を求めてくる優木坂さん。

 俺としては、正直どの水着を着ていても、可愛く見えてしまうと思うのだが……

 しかし、優木坂さん的には、やっぱり男としての意見を聞きたいのかもしれない。

 

 ここは正直に答えようと思った。


「えっと……個人的には、さっきのピンクの水着が、その、一番、優木坂さんに似合いそうな気が、する」

「そうかな……」

 

 俺の言葉を聞いた優木坂さんは、頬を赤く染めて照れたような表情になる。

 そして、チラリとこちらを伺うように見つめてきた。

 

「あの……試着してみてもいい?」


 その言葉は、稲妻の如く俺の脳天にクリティカルヒットした。


 来た……!

 水 着 試 着 イ ベ ン ト !

 

 父さん母さん。俺は今日、優木坂さんの前で死ぬかもしれません。

 水着姿の優木坂さんのおっぱいに殺されるかもしれません。

 先立つ幸せをお許しください。

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