49話 彼女の部屋での勉強会
詠の部屋は二階の一番奥の一室だった。
「ここが私の部屋だよ」
「お、おじゃましまーす……」
詠の後ろに続き、恐る恐るといった感じで俺は部屋の中に足を踏み入れる。
人生初の女の子の部屋。緊張なのか興奮なのか、理由はよくわからないけれど、とにかく俺の心臓は高鳴っていた。
部屋の広さは六畳くらいだった。
女の子らしい淡い色合いのカーテンやラグが敷かれ、部屋の隅には、勉強机や椅子、それにシングルベッドが置かれている。
よく整理されていて、キレイな部屋だ。俺が来るから片付けたのか、普段からこうなのか。
なんとなく、詠の性格的には後者である気がした。
そして部屋の中でひときわ目を引いたのは、壁一面を覆うように設置された大きさの本棚と、そこに隙間なく並べられた大量の本だった。
「すっげ……」
それを見て思わず感嘆の声が出てしまった。ざっと見ただけでも百冊は下らない。
俺は本棚のもとへ歩み寄り、整然と並べられたその背表紙を見つめる。
そのほとんどが小説のようで、俺でも知っているような有名小説から、まったく聞いたこともないタイトルのものもある。
これだけの数を読むなんて、一体どれだけの時間が必要だろう。
「な、なんか……そんなにじっくり見られると、恥ずかしいな……」
本棚を見入る俺を見て、詠が照れたようにな声色で言う。
「ごめんごめん、つい見入っちゃって。今更だけど、詠はほんとに本好きなんだなーって」
「うん……」
俺が詠の方へ振り返ってそう言うと、彼女はにかむように相槌を打つ。
「最近読んで面白かった本は何かある?」
「もちろん、あるよ! えっとね、この辺りにね――」
詠は嬉しそうな様子で俺の隣に歩み寄り、本を選び取ったところで――
「って、違うよ! 今日の目的は勉強会だから! 本の話は後!」
ハッとした表情を浮かべて、慌てて手にしていた本を元の場所に戻した。
「そっか。そういえばそうだ。いかんいかん」
俺も頭をかきつつ苦笑する。
「じゃ、始めよっか。待ってて。今、机を持ってくるから」
「オッケー」
詠はそう言って一度部屋の外に出て行ったあと、すぐに小ぶりのこたつテーブルを両手で抱えて持ってきた。
それを部屋の中央のあたり――床に敷かれたラグの上に置くと、参考書やノート、筆記用具を並べる。
「これでいっかな。あ、夜空くん。その辺に置いてあるクッション自由に使ってね」
「ありがとう。じゃあ一個借りるよ」
詠の言葉に甘えてピンク色のクッションを手に取り、その上に腰を下ろす。
詠も俺の向かい側に腰掛けた。
「それじゃ、今日はどの教科からやりますか」
「数学からやろっか」
「了解」
こうして、詠の家での勉強会が幕を開けた。
***
詠の部屋は南側に面しているらしく、窓からレースカーテン越しにたっぷりと太陽の光が差し込む。
俺と詠は、その陽光を浴びながら、黙々と問題集に取り組んでいった。
生まれて初めて入った女子の部屋での勉強会。最初は浮かれてしまわないか、集中して勉強ができるのか不安だったけれど、それは
俺の正面に座る詠は、先程まではニコニコと愛想のよい笑顔を浮かべていたものの、いざ勉強に取り掛かると、その表情は真剣そのものといった面持ちになって、ノートに向かってシャーペンを走らせる。
眼鏡のレンズ越しに
やっぱり真面目なんだな。
普段のぽわわんとした様子とは打って変わって、
だけど、それもつかの間。
これだけ真剣な詠を前にしたら、俺だって真剣にならなくてはいけない。
それがこの場をセッティングしてくれた詠に対する最低限の礼儀だと思った。
というわけで、俺も
それからどれくらい時間が経っただろうか。
カリカリというシャーペンを走らせる音だけが響いていた室内に、コンコンッというノックの音が響いた。
俺も詠も勉強の手を止めて、ドアの方を見る。
「入っていいかしら?」
「いいよ」
詠が答えると、ガチャリと扉が開いて、お盆を持った加代子さんが部屋に入ってきた。
お盆の上には、二つのマグカップとお菓子が盛られた小皿が載っている。
「お茶を持ってきたわよ。ちょっと休憩にしたら」
加代子さんの言葉を受けて、俺は部屋にかけられた時計に目を移すと、すでに午後三時。
勉強を始めてから、いつの間にか二時間近くが経過していたらしい。
「ありがとうお母さん」
詠がこたつテーブルの上に散らばったノートや筆記用具などを片付けて、お盆を置くスペースを作る。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
加代子さんはテーブルの真ん中にお菓子小皿を、俺たちの前に湯気立つマグカップをそれぞれ置いた。
マグカップの中身はミルクティーらしく、ふわふわと立ちのぼる湯気とともに、紅茶のいい匂いが部屋中に広がっていく。
「それじゃ、頑張ってね」
加代子さんはそう言い残して、部屋を出ていった。
「じゃあ、ちょっと休憩しようか」
「うん、そうだね」
俺と詠は揃ってマグカップに手を伸ばし、口に運ぶ。
口の中いっぱいにミルクティーの優しい甘みが広がった。
「はぁ……美味しい……」
思わずそんな言葉が、ため息のように漏れた。
それは詠も同じらしく、マグカップを両手で抱えて、幸せそうな顔で微笑む。
先程までの真剣で、張り詰めていた空気がゆるゆると和んでいくのを感じた。
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