48話 初めてのきみの家
そして次の日。土曜日。
詠との勉強会当日を迎えた。
現在時刻は午後一時ちょっと前。
俺は洋風調の
俺は家の外壁に備えられたインターホンの前で、深呼吸を一つした。
そしておずおずと呼び出しボタンに指をかざして、押さずにまた引っ込める。
実は詠の家に到着してから、すでに五分程度経過してしまっていた。その間、ずっとこんな感じだ。
……
いや、だってしょうがないじゃん?
いくらテスト勉強という大義名分があるとはいえ、女の子の家にお邪魔するなんて生まれて初めての経験だ。
それに、家には当然、詠だけじゃなくて、彼女の家族もいるわけで。異性の友達のご家族と初めまして――そんなレベルの高い初対面、影キャの俺が緊張しないわけがない。
とはいえ、いつまでもこうしてはいられない。
「……よし」
俺は意を決して、インターホンのボタンを押した。
ピンポーンと間伸びした音が鳴った後、応答ランプが点灯する。
「はい――」
「お、おはようございます。青井です」
「あ、夜空くん? 待ってて。今開けるから――」
どうやら応対したのは詠だったようだ。少しだけ間があったあと、すぐにガチャリという音と共に、玄関の戸が開いた。
「いらっしゃい、夜空くん」
「や、詠。おはよう」
出迎えてくれたのは、私服姿の詠だった。
それはまあ、ある意味予想どおりだったのだけど、俺は彼女の姿を見て、思わず見惚れたように立ち尽くしてしまう。
というのも、今日の詠の出立ちは、普段の彼女のそれとはまったく違っていたからだ。
今日の彼女は、ややゆったりとしたシルエットのTシャツに、
普段はおろしている髪も、ポニーテールのように後ろでまとめている。
これだけで、普段の彼女の雰囲気とはだいぶ違っているのだが。極めつけといわんばかりに、大きな変化が彼女の顔に生じていた。
「詠、今日は眼鏡なんだ」
俺は思わず声に出して、その変化を指摘した。
詠は、ハーフリムのほっそりとしたデザインの眼鏡フレームに指を沿えて、そっと微笑む。
「うん。夜空くんには言ってなかったっけ? 私、けっこう目が悪くて、学校ではいつもコンタクトなんだ」
「ああ、そういえば。中学までは眼鏡をかけてたみたいなことを聞いたかも」
「そそ。外では基本コンタクトなんだけどね。でもやっぱり眼鏡の方が色々と楽だから、家にいるときは大体
「なるほど」
「今日はなんといっても勉強会だから。集中できるようにと思って――」
そこまで言って、詠はハッとしたように口をつぐんだ。
「もしかして……似合わない、かな?」
不安げに
「ううん! そんなことはないよ!」
むしろ逆である。普段の詠とのギャップと相まって、すごく新鮮に見えるのだ。
正直なところ、めちゃくちゃ似合ってるし、知的だし、可愛いと思った。
こういうのが眼鏡萌えってやつなのだろうか。さすがに口には出さないけどさ。
「良かったぁ……」
詠はホッとしたような顔をして胸を撫で下ろす仕草をした。それから俺に向かって、ニコッと笑ってみせる。
「夜空くん。ここで立ちっぱなしもなんだから。とりあえず上がって?」
「うん。お邪魔します」
詠の促しに応じて、俺は詠の家の中へと入って行った。
***
「いらっしゃい」
詠についていく形で廊下を歩いていき、リビングへ入った俺を、柔らかい声が出迎えてくれた。
ダイニングテーブルとソファーセット、それにナチュラルテイストのその他家具が置かれた、明るい雰囲気のリビング。
そのテーブルに、ほっそりとしたシルエットの女性が、マグカップ片手に座っていて、俺と目が合うとニッコリと微笑んだ。
年齢は多分四十代くらいだろうか。詠に負けず劣らず優しげな雰囲気だ。
たぶん、というか間違いなく詠のお母さんだろう。
そうだ、失礼のないように挨拶をしなくては。
「あの、どうも初めまして。青井夜空といいます。優木坂さんとは普段から仲良くさせてもらってまして。本日はお世話になります」
俺は妙に恐縮してしまって、バカ丁寧にぺこぺこと頭を下げながら、詠のお母さんに挨拶をする。
脳内では何回もシュミレートしていったんだけど、いざ本番になると、だいぶ不恰好なものになってしまった。
「夜空くん。そんなに固くならないでも大丈夫だよ?」
そんな俺の様子を見て、詠が苦笑しながら言った。俺は恥ずかしさを誤魔化すように頭を
詠ママは、そんな俺たち二人の様子をニコニコと眺めてから、ゆっくりと口を開いた。
「はじめまして、青井くん。詠の母の
「いえ、むしろ俺の方が、
あ、いつもの癖で詠のことを下の名前で呼び捨てにしてしまった。
しまったと思ったときにはもう遅い。
だけど加代子さんは別に気にした様子もなく、相変わらずニコニコしている。
「青井くんのことは、詠から色々聞いてるわ。とても優しくて良い人だって」
「え? あー……」
十中八九、社交辞令なのだろうけど、俺は思わず頬が熱くなるのを感じた。
それからチラリと詠の方を見る。彼女もまた少しだけ頬を赤くしていて。
「お、お母さん。余計なこと言わなくていいから!」
詠が照れたように頬を膨らませて抗議する。
それを見た加代子さんは「あらごめんなさいね」と言って、くすりと微笑んだ。
なんだろう、詠が俺のことをどんな風に家族に話しているのか、割と気になる。
「アレ? そういえば、
気を取り直した詠は、キョロキョロと室内を見渡してから、不思議そうに首を傾げた。
「文なら、ついさっき二階へ行っちゃったわ。多分、青井くんと会うのが恥ずかしくなっちゃったみたい」
「えー、そうなの? さっきまで夜空くんに会えるって騒いでたのに」
「ふふ、文なりに心の準備があるんじゃないかしら?」
「じゃあ文の紹介はまた後でか」
「そうね。きっとあの子のことだから、もう少し時間が経てば、自分の方からやってくるわよ」
「そうだね」
詠は、加代子さんとそこまで話すと、隣に立つ俺の方へ視線を向けた。
「夜空くん。じゃあ私の部屋、案内するね」
「ああ、うん。お願いするよ」
俺はコクリとうなずいた。
そして詠に連れられて、彼女の自室へと向かうのだった。
「ゆっくりしていってね」
リビング階段を登る俺たちの背中から、加代子さんの柔らかな声が聞こえてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます