27話 ダブルブッキング


「みんな、ちょっと俺の話を聞いてくんねー!?」


 優木坂さんと遊びに行くという重大イベントを週末に控えた月曜日。

 放課後のホームルームが終わった後、教室から出て行った担任の先生と入れ替わるように、教壇のうえに立った青年がほがらかな声でそうはっした。


 彼の名前は黒野太陽くろのたいよう

 

 一年四組のクラスメイトの彼は、このクラスのみならず、東高校におけるちょっとした有名人だ。

 

 まず文句なしにイケメンであること。その外見は、某有名男性アイドルグループ事務所にスカウトされてもおかしくないレベルである。

 

 そしてその整った容姿だけでなく、スポーツ万能で勉強もできるというハイスペックぶり。

 サッカー部に所属していて、一年生にしてレギュラー確実という噂だし、この間の中間テストでは、優木坂さんに次ぐクラス二位の好成績だ。

 

 さらに性格は明るく爽やかで、いつも笑顔を絶やさない好青年。

 そんな彼のことを女子たちは王子様と呼び、男子たちは、もはや自分と比較することも諦め、パーフェクト超人として羨望せんぼう眼差まなざしを向ける。


 リア充の中のリア充。

 キング・オブ・陽キャ。

 

 影キャの俺からしたら、まさにその名前の如く、太陽のような存在だ。

 

 光と影。

 月とスッポン。

 ヘラクレスオオカブトとナナホシテントウムシ。


 もはや何を言ってるか自分でもよく分からなくなってきたけど、とにかく、眩しすぎてとてもじゃないけどお近づきにはなれない。

 

 黒野太陽は俺にとって、そんな存在だ。


 そんな黒野は、クラスのみんなに自分の話を聞いて欲しいと呼びかけた後、こう言葉を続けた。


「実はクラスの親睦会しんぼくかいを企画しようと思って。ほら、七月に入ったら期末テスト期間になるっしょ? だからその前にぱーっとみんなで遊ぼうよ」


 黒野の提案に、クラスのみんなが次々と賛同の声を上げ、その声はざわめきとして教室中を満たしていく。


「いいね! 行こうぜ行こうぜ!」

「賛成! 絶対行く!」

「私も行きたいかも……」

「うんうん。楽しそうだよね〜」

 

 クラスの人気者が主催する楽しい企画。皆のテンションが上がるのも無理からぬことだ。

 

 一方で俺はというと、頬杖ほおづえをつきながら、そんなクラスメイトたちの楽しげな様子を冷めた目で見つめる。

 だって俺には関係のない話だから。

 

 ふと俺は隣の席に座る優木坂さんに視線を移す。

 優木坂さんは、壇上だんじょうに立つ黒野の方に視線を向けながら、どこか楽しげな表情を浮かべていた。

 その横顔を見ていると、どこか胸の奥がモヤモヤと……

 

 って、なんでだよ。モヤモヤする意味がわからん。

 俺はぷいっと視線を前に戻す。


「それで日程なんだけど!」


 黒野は、クラスのざわめきをピシャリとさえぎるように声を上げた。


「今週の土曜日を予定してまーす! 詳しい日程と出欠確認は後でクラスのLINKグループに流すから、皆、返信よろしくねー!」


 言い終わると同時に、教室内の至る所から歓声が上がる。

 俺はというと、思わず「マジか」と小さく呟きをこぼしてしまった。


 今週の土曜日。

 その日は言うまでもなく優木坂さんとの約束の日だった。


 ダブルブッキング。

 しょうがないか。黒野率いるクラスの親睦会と、俺なんかとのしょっぱい約束。比べるまでもない。

 優木坂さんと一緒に遊びに行く日程は、リスケするしかないだろう。


 俺は沸き立つ教室の中、そっとため息をついた。

 そして、ふとこんなことを思う。

 さっきまでニコニコと微笑んでいた優木坂さん。きみは今、どんな表情をしているのだろう。

 俺との約束の日にちと予定が被ってしまったことについて、少しくらいは残念そうな顔を見せてくれているのだろうか。

 

 視線を彼女の方へほんの少しだけ移せば、すぐに答え合わせができるのだけど。

 俺はなぜだかそれをすることができなかった。


 ***


 その日の放課後、俺と優木坂さんはいつものように二人で教室の掃除をしていた。

 換気のために開け放した窓の外からは、さあさあという雨音が聞こえてくる。

 今日は朝からどんよりとした曇り空だったが、夕方になって本格的に降ってきたようだ。


 俺と優木坂さんの二人しかいない教室。

 普段は雑談をしながら掃除をする俺たちだが、なぜか今日の俺の口数は少なかった。

 いや、その理由はハッキリと分かっている。

 俺は落ち込んでるんだ。せっかくの優木坂さんとの約束に、水をさされてしまったことに。

 

 別に黒野に悪意があったわけじゃないし、もちろん優木坂さんが悪いわけでもない。

 そもそも誰が悪いとかそういう問題じゃないんだけど、やりどころのないモヤモヤを俺は勝手に感じているんだ。


 こんなんじゃダメだな。


 俺は手に持ったほおきの動きを止めて、気持ちを切り替えようと、一度大きく深呼吸をする。

 そして、優木坂さんの方を向いて、努めて明るい声で話しかけた。


「優木坂さん、今週の約束のことだけど……日程どうしようか?」

「え、どうしようかって?」


 俺の問いかけに、優木坂さんは首を傾げてキョトンとする。


「いや、ほら。さっき黒野が言ってたクラス会――それと日程が被っちゃったでしょ? だから……」

「それなら大丈夫だよ。そっちの方は断るつもりだから」

「え?」

「青井くんからのお誘いが先約だったし、当たり前だよ」


 優木坂さんの口から飛び出してきた予想外な言葉。俺は目を丸くしてしまった。

 

「だって、せっかくのクラス会なのに……いいの?」

 

 恐る恐るそう尋ねると、優木坂さんはコクリとうなずく。


「うん。クラス会もそれはそれで楽しそうだけど、こっちが優先」


 そう言って優木坂さんは、はにかむように笑顔になった。


 

「私、青井くんと一緒に遊びに行くのすっごい楽しみにしてるんだよ」

 

 

 その表情を見て、その言葉を聞いて、ドクンッと俺の心臓が大きく跳ね上がる。

 俺はどんな顔をしていいか分からなくて、思わず俯いてしまった。


 何やってんだ俺。

 

 優木坂さんは初めから、クラス会よりも俺との予定を最優先してくれたというのに。

 さっきまで一人でうじうじと悩んでいた自分を恥じる。


「青井くん? どうしたの……?」


 優木坂さんの心配そうな声が聞こえてきたので、俺は顔を上げる。すると、優木坂さんの綺麗な琥珀色こはくいろの瞳と目が合った。

 

 やっぱり、きみは優しいな。

 俺は改めて、彼女に心から感謝の念を抱く。


「ありがとう……優木坂さん」


 その想いは、しぼり出されるように、俺の口をついて出てきた。

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