3-10 秘密の暴露大会


「なんで才雅が勝手に〝裏切った〟とか決めるわけ⁉」


 夜中のプールサイドで。

 風桜リリが頬を膨らませながら言った。

 

「別にいいじゃない、才雅がなゆたさんを〝推してた〟ってことくらい。……相手がリリじゃないってのが、逆に悔しいくらいよっ。それに、これで分かりやすくもなったわ。もしアンタがリリにになってくれれば、それはそれで【月城なゆた】を越えたってことになるでしょう?」


 彼女は悪戯味いたずらみのある微笑をたたえて、両手を腰にあてる。


「だよだよ~!」


 江花晴海が同調した。

 

「なんでウチらの気持ちまで、才雅が決めてるのさ~? ウチはむしろ、才雅がなゆたちゃんのファンだったって知ってしたくらいだよ~! あの才雅が『ちゃんと女の子に興味があったんだなあ』って……えがったえがった~」


 感激したような表情で、後半はなぜか田舎訛りになっている。


「………………」


 月城なゆたは――何も言わない。

 何も言わないで、俺のことをじっと見つめている。つい吸い込まれてしまいそうな、宇宙と同じ色の深い瞳だ。その奥で彼女は今、何を想っているのだろうか。


「お、お前ら……! 何言ってるんだよ⁉ 俺はお前らに隠しごとをしてたんだぞ? それも重大な! お前らが見ていた俺は――ぜんぶ虚像まやかしだったんだ」


 はああああ、とリリが深く溜息を吐いた。


「まったく。うちのマネージャーは……呆れて何も言えないわね」


 彼女はつかつかとプールの縁道を歩いて俺に近寄ってきた。 

 目の前に立って、俺が持っていた【退職届】を取り上げる。


「あ、おい!」


 そしてリリはその勢いのまま。

 手にした封筒をびりびりに破いてしまった。


「な、何するんだよ⁉ ああ、俺のが……!」


 散り散りになった破片はビル風に吹かれて、夜の空へと舞い上がるように飛んでいった。

 

「あたしが良いって言ってるんだから良いのよっ。それに……才雅はマネージャーとして、リリを総選挙一位にしてくれるんでしょう? 約束を破って勝手に逃げようだなんて許さないんだからっ!」

「な、な……⁉」

「だーかーら! ――リリは、才雅のことをって言ってるの! ……もう、言わせないでよね、こんなこと」


 リリは腕で顔の半分を隠すようにしている。

 その頬には普段の彼女にしては珍しい、夕日のような紅みがたっぷりと差していた。


「あ~そうだほうは~!」


 晴海が舌ったらずに言った。

 

「え、あ? なんだって……?」

「えとえと~の暴露大会だったら、ウチもいいかな~……?」


 晴海はもじもじと言いにくそうに、ふくよかな胸の前で指先をすり合わせて。

 彼女も頬をアルコールの影響以上に真っ赤に染めて。


 叫んだ。


「あ、あのあの! ウチ、本当は今でも、才雅のこと――好きやよ~~~~~~!」


 やよ~、やよ~……と夜の空に、晴海の声が反響した。

 

 そして俺も。

 リリも那由も。

 信じられないように目を丸くした。

 

「は、はあああっ⁉」たまらず口から驚愕の声が出た。

「い、いきなり江花さんはナニ言い出すんですかっ!」リリも焦るように叫ぶ。

「だってだって……かなあって思って」


 晴海はふたたび指先をつつき合わせながら言う。


「せっかく才雅が【女の子】に興味あるって分かって……ウチ、幼稚園の時から気持ち、変わってなくて……今でも才雅のこと、ふ、好きだからふひはわわっ……!」

「ちょっと! 一番大事なところで呂律回ってないわよ!」リリがすかさず突っ込んだ。

とにかくほひはふっ!」


 それでも構わず晴海は続ける。


「相手がなゆたちゃんだったとしたら、そんなのまさしく〝月とすっぽん〟で勝てるわけないと思うけど……でもでもっ! ここで言わないと、ずっと後悔しちゃう気がしたから。もう一回、ちゃんと言わせて! ――ウチ、才雅のこと、好きやったんよふひはっはんほーーーーーーーー!」

「また噛んだーーーーーーーーー⁉」


 晴海は横に大きくふらふらと揺れている。

 どうやら相当にアルコールがキマっているようだ。

 

「えへへ……やっとやっほ言えたひへは~」


 当の本人は胸をなでおろしたように満足げに微笑んでいる。

 安堵ついでに持ってきた焼酎をこぽこぽとカップに注いで『ぷはあ~』と一気にあおった。

 

 俺は呆然としていると――


「ちょっと、江花さん!」


 リリが晴海の元に駆け寄り、揺れる背中をぽんぽんと叩きながら言った。


「このままでいいんですかっ⁉」

「ふえふえ~?」晴海は目をぱちくりさせている。

っ! 聞かないで、そのままでいいんですか……⁉」

「あー! そうだったほうはっは~!」


 言えたことで満足しちゃってたよう、えへへ――と晴海は照れくさそうに頬をかいた。

 もう、まったく――とリリはおせっかいに溜息を吐く。


「あ、あのあの……才雅、どうかなっ?」


 晴海は俺に向かって〝告白の結果〟を訊いてくる。

 彼女はゆっくりと左右に揺れて、いつもみたいに指先をこすり合わせて、視線をぐるぐると回している。


(…………っ!)

 

 しかし。

 困惑しているのはおれも同じだ。

 まるで頭の中に巨大な竜巻が発生したかのように、思考が激しい混乱を続けている。


才雅はいはどうかなほーははっ――?」


 やがて俺は意を決して。

 目の前でべろんべろんになっている晴海に向かって。


「――だ」


 黙秘権もくひけんを、行使した。


「ほえほえっ⁉」

「ちょっと才雅、どういうことよ! せっかく江花さんが勇気出したって言うのに!」


 リリも納得がいかないように怪訝な顔を浮かべた。

 

「どうもこうもない。リリ、お前も今の晴海を見れば分かるだろう」

「……え?」

「察するに、今のこいつの状態はステージ【泥酔でいすい】のレベル3――どうせ今何かを答えたとしても、明日になったらすべてと忘れているんだ……‼」


「な、なんですってーーーーーーー⁉」

 

 リリが目を見開いて驚愕した。

 

「ほえほえ~?」


 晴海も相変わらずふらふらと身体を揺らして、焦点の定まっていない目を空に泳がせている。


「しかも俺の経験上、俺に向かって〝告白〟したことすらも忘れている説が濃厚だ……!」

「そんな大事なことまで⁉」とリリが目を見開いた。

「ちょっとちょっと、才雅~!」


 晴海がしゃっくりをしながら物申してきた。


「ウチが明日になったら忘れてるなんて、そんなこと――ぐうぅ~」


 

「立ったまま寝ちゃったーーーーーーーーー⁉」

 

 

 リリの突っ込みの嵐は、かくのごとく断続的に東京の夜空に響き渡った。



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