3-6 どこまでもラブコメな2択問題

「とはいえ――私たちには話し合いの猶予ゆうよも必要かと思います」


 ぱちり、と那由は両の手を優しく合わせて言った。


 ――リリさんと私、どちらと【恋愛の練習】をされるのでしょうか?


 そんなどこまでもラブでコメな2択を迫ってきた那由は、今一体どんなことを考えているのだろうか。

 

 彼女は続ける。


「せっかく風桜さんも来てくださったことですし、お飲み物をご用意しますね」


 そう言うと那由はオープンキッチンの向こう側に行って、冷蔵庫の中や棚などから飲料の缶やらビンやらを取り出しテーブルの上に並べ始めた。


「皆さんはどちらになさいますか?」

「お、おいちょっと待て! これって……酒じゃないかよ!」


 キッチン越しにひょいと頭を出して、那由は淡々と言った。


「はい。腹を割ったお話し合いにはお酒が良いと――江花さんから伺いました」


 やっぱり酒豪幼馴染・晴海の助言だった。

 腹を割った話し合い、か……まあ確かに一理あるかもしれなかったので、俺も那由の勧めに従ってアルコール分を摂取することにした。

 

「リリ、これにするー♥」


 リリは『グリーンハーフ』の香るレモン、那由は『ほろよい』の白ぶどうをチョイスした。

 俺はビールにでもしようかと迷っていると、


「あ、才雅の分はリリがいであげるねー♥」


 と、芋焼酎『黒丸』の一升瓶を小脇に抱えたリリに全力の笑顔を浮かべられた。


「おいふざけんな! 俺の選択肢、芋一択か!」


 俺は大声で突っ込んだ。


「というか! なんで那由のうちにこんなアル中御用達ごようたしみたいなサイズの焼酎瓶があるんだよ!」

「あ、それは以前に晴海さんが置いていったものです」

「やっぱりヤツの差し金かあああああああああ!」


 予想はしていたがやはり晴海の置き土産だった。

 というかあいつ、那由の家に来たことあったんだな。


「はい、マネージャーさん♥」


 どぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ、とビールを飲むつもり満々で用意したジョッキグラスに芋焼酎がつがれた。


「おおおおい! 完全に規模感間違えてることに気づけ‼」

「最後までたっぷり表面張力で――はい、どうぞ♥」

「おっとっと……って! 迎え酒してる場合じゃねえ!」

「それでは乾杯をいたしましょう」と那由が微笑みながら言った。

「月城さん⁉ この状況分かってます! 1000%乾杯用のドリンクじゃないんでコレ!」

「「かんぱーい!」」

「人の話を聞いてくれええええええ!」


 俺は全力で叫んでから、


「くそっ……あーもう! 分かったよ! こうなりゃヤケだ‼」 


 覚悟を決めて、目の前の芋焼酎(ジョッキ)を――


「……んっ、んっ、んっ! ……ぷはああああああああ‼」


 一気に飲み干してやった。

 良い子は絶対の絶対に真似しちゃダメだぜ。


「マネージャーさん、すごーい! やるじゃない!」

「だ、大丈夫ですか? お水、持ってきますね」

「これくらいなら……ひくっ……問題ない。いつも晴海バッカスとの飲み会で慣れてるからな」


 俺は手の甲で口元を拭ってから言った。喉が焼けるように熱い。

 しかしぶっちゃけると、ここに至るまでにあったことで俺の頭の中は既に熱暴走状態オーバーヒートだったのだ。これくらい飲まなきゃやってられるか!

 

「……う、早速キやがった」


 ふらりと足元が揺れる。視界が揺れる。脳内が揺れる。


 右側には那由。左側にはリリ。


 リリはアイドルとして

 風桜リリが風桜リリのイメージを越えるために。

 

 那由はいつか迎える

 これまで恋愛禁止で消化不良だった分に追い付くために。

 

 ――それぞれ〝恋愛の練習〟が必要だという。


 だけど。

 なぜか俺の心は、最初に那由からこの話を持ち出された時ほど〝喜び〟に満ちてはいなかった。

 

 むしろ逆に――ぽっかりと穴が開いているような気持ちにもなる。


 、と彼女たちは言う。


 それは。

 その相手は。


 ――本当にでなければならないのだろうか?


(別に、俺じゃなくても――)


 しかしその不安に対する答えは。

 今の俺にはどうしたって分からない。


「才雅さん?」

「才雅ー?」


 那由とリリが催促するように俺の顔を覗き込んでくる。

 

 ふたりのうち、どちらを選ぶか?


 何も考えずに。

 それこそ、この酔いと勢いに任せて。

 あくまで本能的に決めるとするならば――


 当然、俺の気持ちは


 だけど。

 手を伸ばして届く月が――偽物いつわりだったとしたら?

 それは手が届かない月と、何の違いがあるのだろう。


 そして今。

 目の前にはふたつの月がる。

 もしかしたら片方はかもしれない。

 それでも裏側を含め、どちらも同じ〝星〟には違いないわけで。


 那由も。リリも。俺にとっては。

 ふだんだったら手の届かない、遥か遠くの宇宙の輝きなのだった。


「……俺は今、ただなだけなんだ。だとしたら、選ぶ相手は、どっちでも――」


 思わずそんな言葉が口から漏れた。

 心に空いた穴を自ら埋め合わせるような微かな吐露だった。


(ああ、だめだ……)


 酒が入ると口が滑り過ぎるだけじゃない。

 

 思考は。選択は。想いは。


 ――想像していなかった方向に転んでしまうこともある。

 

「……那由とリリ、を選ばなきゃいけないんだったな」


 ふたりが俺のことを見つめてくる。どちらの頬も昂揚している。

 きっとそれは、アルコールのせいだけじゃない。


「すこしだけ、時間をくれ――」


 ふと壁の時計に目をやった。

 まもなく長針と短針がてっぺんで重なりそうな時間帯だ。


「そうだな――12時に、きちんと。だからそれまで、待っていてくれないか?」


 

 那由とリリは互いに一瞬顔を見合わせてから、こくりと力強く頷いた。



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