3-7 月城なゆたの独白

 月城なゆた――こと月城那由つきしろなゆにはほのかな自信があった。

 

 デスクが隣の同僚かつ同棲相手で、現・恋愛ごっこの相手――中本才雅なかもとさいがを選んでくれるだろうというかすかな予感だ。

 

 ――できるだけのことはした。あとは彼が、私の部屋を訪れてくれるだけだ。


 那由は自分の部屋のベッドに腰かけて。

 廊下に繋がる扉をじっと見つめていた。


 ――月城那由と風桜リリ、〝恋愛の練習相手〟としてどちらを選ぶか?


 才雅に課した方法は至って単純シンプルだ。

 那由とリリはそれぞれ2つの部屋に分かれて。


 24時になった時に、もし才雅が【那由】を選べば那由の部屋を。

 もし【リリ】を選んだら、同じく彼女がひとりで待っている、リビングの手前側の部屋を。


 それぞれ訪れることになっている。


(大丈夫。きっと才雅さんなら――)


 那由は自分に言い聞かせながらも、その心臓はゆっくりと大きく高鳴っている。

 頬はほんのり紅く染まっている。

 心の内側から溢れてくる様々な想いを我慢できずに持て余す。

 どうにかしようと、近くにあった兎のぬいぐるみを胸に抱えてそこに顔をうずめた。


(あ、いけません。メイク、取れていないといいですが……)


 ドレッサーに近寄って簡単に化粧を直す。

 彼がこの部屋に来てくれたときに。

 すこしでも彼の理想アイドルであるために。

 

 そのために――今日はをして気合を入れていたのだった。


 その時。

 ドレッサーの鏡越しに、時計の針が頂点で重なった。


 ぽおおおおん。

 リビングにある仕掛け付きの大時計が音を奏でた。

 メロディアスな鐘の音に続いて、短いメロディーが鳴る。


 ひと通りの演奏が終わると――また夜の静寂しじまが訪れた。


「……才雅、さん」


 那由は扉を見つめる。瞬きすらも忘れる。

 心臓がより高鳴っていく。頬がより紅くなっていく。

 兎のぬいぐるみの手を膝の上でぎゅうと握る。



 ――大丈夫。きっと大丈夫。



 祈り続けて、幾分いくふんが経った。


 24時を越えても。


 

 

 彼女の部屋の扉が開かれることは――遂になかった。




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