1-4 以上、解散!


 電車の座席の前に立って。

 俺は窓から流れゆく景色を見つめていた。

 大きな橋を渡る際、川沿いに桜並木が続いているのが目に入った。

 満開の桜だ。平日の朝にも関わらず、人々は樹々の下に集まり頬をほころばせている。


 4月1日。

 始まりの季節。始まりの日。


 俺の場合は当然、入社式だった。

 このために買った、吊るしじゃないおろしたてのスーツの首元でネクタイを締め直す。


 ――俺は今日から、生まれ変わるんだ。


 当然。

 心にはぽっかりと穴は開いたままだ。

 

 それまでの生活すべてを捧げていた存在――【月城なゆた】を失った。その膨大な空虚は簡単に埋まるわけがない。

 しかし時間は前にしか進んでいかない。ならば俺も流れに従って、前へと歩んでいかなければならない。


 足取りは今は重いけれど。

 いつかきっと、引きずっていた想いを振り払って。


 軽快な足取りとなったあかつきには、その勢いのまま〝未来〟へと進んでいこう。


 お金のためなんかじゃない。 

 会社のために。依頼者クライアントのために。人々のために。世界のために。

  

 身をにして働いて、立派な社会人になってやろう。

 風に吹かれて舞い上がり、空を鮮やかに染める桜の花びらを見つめながら。



 俺はそんなことを決意した。


 

       * * *

 

 

「――というわけで、わが社はが決まった」


 入社式の壇上で、専務だか誰だか偉い人が言った。


「以上、解散!」

「……は?」


 解散! ではない。どういうことだ?

 お偉いさんが壇上から降りたところで【ドッキリ大成功!】の種明かしもなく、周囲はざわめき始めた。

 人事部の人たちがその場をおさめようとしているが、彼らにとっても急に聞かされたことらしく、新入社員からの詰問にはしどろもどろするだけだった。


 4月1日。

 始まりの季節。始まりの日。


 

 ――心機一転するはずだった社会人生活は、始まる間もなく唐突にを告げた。



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