2-15 いくらで買いますか?♥

「リリね、もっとにならなくちゃいけないの」


 制服姿の風桜リリが言った。

 場所は変わらず、彼女にとってハジメテの飲み会の最中だ。

 

「おとな?」


 俺はビール缶を机に置いて聞き返す。


 彼女は小さく頷いて、「そうしないと、みんなの中にある〝ふつうのアイドル像〟を越えられないの」

「ふうむ。俺にとっては、リリは今でもふつう以上に魅力的なアイドルに思えるけどな」

「……ありがと」


 リリはすこし照れくさそうに口角をあげて、落とした。


「ファンのみんなはね、リリの中のに気がついてるの。むしろそれを楽しんでるふしもあるくらい。だからこそリリは、そうるように仮面ペルソナをつけて〝風桜リリ〟を演じているわ。だけどね、今のままじゃ――リリの目指してる場所に行くには足りないの。言っている意味は分かる?」

「どうにか」


 俺はいつかと同じように返した。

 リリは深い溜息を吐きつつも、口元に笑みをたたえて言う。


「だから言ってるじゃない。才雅はリリのマネージャーさんなんだから、リリのことは理解してもらわないと」

「努力するよ」

「めいっぱい、ね」

「めいっぱい努力する」

「……約束だよ?」

「ああ、約束する」


 それが俺の仕事だ。


「ふうん。

「あ、おい! 急にどこ行くんだ?」


 リリはふらふらとした足取りで部屋のすみっこに行き、スツールに置かれた自分の鞄の中から角2サイズの【白い封筒】を取り出した。

 彼女が持つとその封筒は随分と大きく見える。胸に抱えたままこちらに戻ってくると、机の上に置いてその封を開けた。


「これ、な~んだ?」

 

 中から出てきたのは――


「む。写真、か……?」

 

 まさしく。一枚の写真のようだった。

 リリは指先でつまんでひらひらとさせている。

 俺は目を細めてその詳細を伺って――今度は目を思い切り


「んなっ……⁉」


 驚いたのも無理はない。

 リリが手にしていたのは『俺とが家に帰る途中で手を繋いでいる』時の写真だったからだ。


「なななななななな‼ なんでお前が、その写真を……!」

「ふうん。動揺しちゃって――他にもあるわよ」


 リリは封筒を逆さまにして、別の写真を机の上にばらまいた。

 手を繋いだままふたりで談笑する写真。一緒にスーパーで買い物をしている写真。

 マンションの入り口に入って行く写真。部屋に入っていく写真。

 

 そして――朝、部屋から出てくる写真。


「いくらで買う?」とリリが訊いてきた。

「……安月給なんだ。貯金もない」

「冗談だよう♥」

「………………」


 俺は黙っている。

 冗談? あの風桜リリに知られて冗談で済まされるワケがない。


「最近、リリとの仕事にが入ってないの……これが原因だったんだ」


 やけにゆっくりとした口調で。

 その写真に写った行為をとがめるように彼女は言った。

 

「そ、そんなことは――」


 否定しようとしたが、し切れなかった。

 俺はこれまでリリをサポートしようと一生懸命に仕事に打ち込んできたつもりだ。


 ――それでも。正直に言えば。

 

 仕事の最中に、前日にあった那由との〝なんやかや〟を思い出してぼうっとしたこともあったし。

 実際それをリリに注意されたことも確かにあった。何も言い返せない。


「それじゃあ答えてくれるかしら? この写真の意味を――



 リリの目は、もう笑っていなかった。



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