2-14 セーラー服とストロングゼロ
「リリはこれにしよーっと♥」
フルーツサワー系ということだったので『ほろよい』の味違いをメインに買ってきたのだが……リリはまっすぐに『ストロングゼロ(ダブルグレープフルーツ)』を手に取った。
「お、おい……酒飲むのハジメテなんだろ? 大丈夫なのか、ソレで」
「うんっ! みんなよくSNSにあげてて気になってたし」
確かにストゼロのSNS映えはすごい。一杯飲めばガツンとキマるハイアルコール・パワーに、昨今は若者層だけでなく隅田川沿いのおっちゃんたちのハートも鷲掴みにしたらしく、ワンカップ焼酎からの乗り換えが見て取れる。これも世代交代ってやつだな。
「あ、ストロー使うか?」
俺は撮影現場で使う用の長いストローをリリに手渡す。
(これも入社してから学んだことだが、現場ではペットボトルもストローで飲むことが多い)
「さすがマネージャーさん、気が利くじゃーん」
これで無事に『ストゼロをストローで飲む制服コスの女』としてSNSの一部界隈で話題になりそうな見た目が完成した。
「それじゃあ、はじめてのお酒♥ いただきまーすっ」
「あ、おい。最初はゆっくり――」
アドバイスをしようとしたが一歩遅かった。
「ん、んっ――! けほっ……!」
いつもの勢いで飲んだせいで、リリは咳こんでしまった。
そりゃそうだ。ストゼロを喉に一気に注ぎ込めばそこらの
「ほらみろ、言わんこっちゃない……大丈夫か?」
俺はリリの背中を軽く叩きながら、ポケットからハンカチを取り出してその口元に添えてやる。
これまた前髪が長く目つきの悪い男が、制服姿のアイドルの口に何やら布を当てているという炎上を巻き起こしかねない絵面になった。
「だ、だいじょうぶっ……けほっ」
ひととおり咳をしてから、リリは俺からハンカチを奪って『自分で拭くわよっ――あ、ありがと』とツンデレ式のお礼を告げた。
「すまん、ストローじゃない方が良かったかもな」
「ううん。こっちでいい。今度は大丈夫だから」
リリは次はそうっと折れ曲がったストローの先に唇をつけて。
おそるおそる――けれど好奇が抑えられないような面持ちで再挑戦した。
すう。こくん。
こうしてストゼロ(ダブルグレープフルーツ)はリリのハジメテを奪った。
「――! キレキレな感じがして美味しー! けど……すごい、喉が熱いわねっ」
リリは桜色の舌をぺろりと出して喉を抑えるようにしながらも、その表情はどこか嬉しそうでもあった。
「へへっ――ハジメテのお酒、飲んじゃった♥」
ストゼロ缶を片手に胸元が濡れたセーラー服姿でウインクを飛ばしてくる様子は、やはり良い子には刺激の強い案件のようだったけれど。
「ふうむ……満足してくれたなら、俺も居合わせた甲斐がある」
好奇心旺盛な子どものように目をきらめかせるリリを見て、俺もなんだか童心に帰ったような心地になった。
「んっ」
そんなリリが、缶を俺に向かって差し出してきた。
「む?」
「才雅にもあげる」
「いや、俺は要らないぞ」
「さっき言ったでしょう? リリは〝ふたり〟で一緒に
『リリたち、わるいこだね』『こんなことしていいのかな』『ふたりだけの秘密だね』
――そんな彼女の言葉が脳裏に蘇る。
「今からお酒を
ぐい、と突き付けられるストゼロを。
俺は手を振って拒否した。
「飲まないって言ってるだろ。大体な、運転はもう無いとはいえ……俺はまだ
「担当アイドルの要望に応える――これも立派な仕事の一環でしょ?♥」
リリが俺の目の前で缶を揺らす。
ストローがかたかたと左右に
「ほらほらー。リリの言うことは?」
さすがに仕事中に飲むのはな……と思ったが、ひとり仕事中に飲んでそうな同僚の〝えへら顔〟が頭に浮かんだので、罪悪感は若干薄れた。
「あー、もう! 分かったよ」
俺は渋々缶を受け取る。こうなった時のリリは
お願いをする。叶えられない。不機嫌になる。仕事に支障が出る。
お願いをする。
「……あ」
ストゼロを飲もうとして気づいた。
そのストローの先には――薄くリリの口紅がついている。
「どうしたの? マネージャーさん♥」
どうしてもこうしたもない。
このまま俺がストローを咥えれば――【間接キス】になってしまうではないか。
そんなもの。
(許されるわけがないだろう……!)
いくら担当マネージャーとはいえ。
否――マネージャーだからこそ。
担当アイドルとそういう
「ねーねー、はやくう♥」
ごくり。俺は喉を鳴らす。
イケナイ妄想を振り切るようにぶんぶんと首を振る。
そんな様子を見て、リリは掌に顎をのせてニヤニヤと笑っている。
「……くっ!」
俺は遂に意を決して――
ぴっ、と。
片手でストローを
「あー!」
リリが口をぽかんと開けてこちらを見ている。
しかしまだ駄目だ。俺には分かっている。このままじゃ
もしこのまま缶を返してしまうと、悪戯好きなリリは俺のつけた飲み口から酒をすする可能性もある。
それでは間接キッスを完全に防いだわけにはならない。それならば――やることは、ひとつ。
――ごく。ごく。ごく。
「ちょ、ちょっと才雅⁉」
「ぷはあ、はあ……久しぶりのストゼロはやっぱりキクな」
俺はそのまま一気に飲み干してやった。
「何やってるのよ! まだ飲みたかったのにー」
「大丈夫だ。まだ新しいのがある」俺は親指でくいと部屋の隅にある冷蔵庫を示した。「よかったな。これでふたりでこっそり
ミッションコンプリート。そんなことを思っていたら。
「もうっ! ……そういうことじゃないのに」
リリがぎゅっと膝の上で拳を握りしめて、なにやら呟いた。
「うん? なにか言ったか?」
「なにも言ってないわよ! ばーかばーか!」
「なっ! せっかく人が期待に応えてやったのに、馬鹿とはなんだ!」
「うるさい! おかわり!」
「あいよ!」
俺はどんっ、と次のサワーをいくつか机の上に持ってきた。
リリは『こだわり酒場のレモンサワー』を手に取り(どうやらリリは柑橘系がお気に入りのようだ)、ぷしゅう、プルタブを開けて。
「んっ、んっ、んっ――ぷはあ~!」
腰に手を当てたまま、その半分ほどを一気に飲み干した。
「あ……飲みやすいわね、これ」
「そりゃストゼロと比べたらな。あれはその
「……ひくっ」
「む?」
「なによこれ……ひくっ」
リリはさっきの分のアルコールが効いてきたのか、頬を
「やだ、止まらな……ひくっ」
「ふはは。ふだんの
「はによ~ひくっ」
瞳はとろんとして、いつものような目つきの鋭さはなく、頬は紅く緩み声も舌足らずになっている。
どうやらリリはお酒にあまり強くはないようだ。
「だいたいねー。才雅はいつもいつも……」
しかも
(……と思ったが、ふだんから俺に文句つけてばっかりだし、あんま変わらないか)
「もっとおかわりもってひへ~!」
そんなふうに
――このあと、日常を揺るがす大事件が待ち受けているとも知らずに。
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