2-13 わがままプリンセスからの呼び出し

「どうしたんだ、急に。で俺のこと呼び出して」

 

 場所は事務所と同じフロアにある一室。ふだんは撮影スタジオとして使用することの多い広めの部屋だ。

 奥側には撮影用のグリーンバックやライトにレフ板、モニターなど機材の類が設置されたままになっている。


 時間は夕方。カーテンが開け放された窓から差し込む光が、微かに赤く染まり始めている頃合いに。

 俺は裏表系わがままアイドル・風桜リリに呼び出されていた。

 

「べっつにー」リリは撮影用の机に座って足をプラプラさせている。「……なんだか疲れちゃって。リリを癒してくれない?」

「ふうむ。それは業務命令か?」

「リリの言うことは――?」

「絶対、か。分かったよ」俺は溜息を吐きながら言った。「とはいえ、どうやって癒せばいいんだ? 

「うーん……とりあえず、肩揉んでくれる?」

「……あいよ」


 リリを椅子に座らせてその肩を揉んだ。

 見かけ以上に細く華奢な身体だった。服越しとはいえ、骨の形がしっかりと分かる。


「次は背中ねー」


 リリが机の上に寝っ転がった。自らの腕に顔をうずめうつ伏せになっている。


「あいよ、お姫様プリンセス

 

 今やリリは立派に世間を代表するアイドルのひとりだ。

 そんな彼女に〝業務命令〟だからと言ってマッサージを施す背徳感に、なんだか心の中がかき回されるように熱を持った。


 ――これは仕事なんだ。致し方ないことなんだ。

 

「んっ♥ そこそこ、きもちいー……」

 

 例えそんな妖艶ようえんな声が漏れたとしても。

 決して悪いことはしていないのだ。自分にそう言い聞かせる。


「んあっ♥ マネージャーさん、触り方がよう……っ」

「お前! さっきからわざと言ってるだろ!」

 くすくすと悪戯好きな子どものようにリリは笑った。「あはっ、バレたー?」

「すぐに分かるぞ。この小悪魔アイドルめ」


 ひどーい、と言いながらリリは足を上下させた。その表情はニヤニヤとどこか楽しげだ。

 

 そんなこんなで。

 ひととおりマッサージとやらを終えた。


「で……これで癒されたか?」

「んー。もうちょっとリラックスしたいかなー」


 リリは指を口元に当てながら視線を宙に泳がせた。


「あ、そうだ! リリね――、飲みたいなあ」

「はいはい、酒な……って、はあ⁉」


 掲げた人差し指をあざとく頬にくっつけながらリリは言う。


「フルーツのサワー系のやつね♥」

「酒って、お前、未成年じゃなかったのかよ⁉」

「えー、ひどい! 才雅、マネージャーなのにリリの本当の年齢知らなかったわけ?」


 リリはぷりぷりと頬を膨らませた。


「いや、ホームページとかいろんなとこのプロフにも〝永遠の17歳♥〟って書いてあるし」

「あははは! アレ、そのまま鵜呑みにしてる人なんているんだー」


 しかも身内の人間が……と彼女はお腹に手をあて耐え切れないように笑っている。


「わ、悪かったな。こちとら純粋無垢なんだよ、誰かさんと違ってな」

 

 とはいえ。

 正直『17歳』というのがそのまま真実だと思っていたわけではなかったが……。

 それにしたって目の前のリリは、どう見ても20を超えているようには見えない。

 むしろ17歳より下だとしても全然信じられるくらいだ。


「やっぱり酒は駄目だ」

「えー、なんでよ! もう今日は現場終わって、あとは帰るだけなんだからいいでしょー?」

「俺はまだ実際のところ、

「ひどい! リリ、オトナに見えないってこと……?」

「どう見ても見えないだろ!」


 リリはほっぺたを変わらず膨らませたまま、財布から免許証を取り出してきた。

 つうか、こいつ車の免許も持ってたのかよ。

 

「これでも?」

「うん? これ、だれの免許証だ……?」

「決まってるじゃない。リリのよ」

「は? この黒髪眼鏡っ子が……お前……?」


 今のリリの見た目からはとても想像できない――【田舎の真面目な文学少女】みたいな顔写真がそこには載っていた。


「もー! 写真は見ないでよっ。高校が厳しいトコだったの!」


 リリが片方の腕をぶんぶんと振っていきどおる。


(ふうむ。人というのは変われるものなのだなあ……)


 言葉は悪いが、こんなにも大人しくて真面目そうな子が今や世間で〝ファッションリーダー〟的な位置づけを取り、大衆からもてはやされている。

 大学デビューならぬ、まさしくアイドルデビューなのだろうか。まあ写真を見る限り、もともと顔立ちは整って化粧映えもしそうではあるが……。

 などと感慨にふけっていると、リリにふたたび免許証を顔前に突き付けられた。


「見るのはそっちじゃなくて、年齢の方!」

「ああ、そうだったな」

 

 俺は目を細めて生年月日の欄を見やる。

 頭の中で計算をして――確かに間違いない。俺が入社するすこし前に20を超えている歳だ。


「とにかく! これで買ってきてくれるわよね?」

「年齢については納得した……しかし酒が飲みたいんなら家で飲めばいいだろうが」

「……寂しいじゃない」

「え?」

「リリね――」と彼女はそこで少し視線を床に落とした。「まだハタチになって、お酒飲んでないの! ……なのに、ひとりだけで飲むのって寂しいじゃない」


 リリはそう言って身体を守るように腕を組む。

 

 ――ふうむ。それは確かに一理あるな。

 

 ハタチを迎えて記念すべき初のアルコールを、だれかと一緒に飲みたいという気持ちは分からんでもない。

 

「ったく、しゃあないな。ちょっと待ってろ」


 俺は近くのコンビニに買い出しに向かった。



      * * *


 

「ん、な、あ、っ⁉」


 酒とツマミを買って戻ってきた俺は目を見開いて驚愕した。

 思わずビニール袋を落としそうになる。


「どう? かわいいー?♥」


 視線の先には風桜リリ。

 しかし〝ただのリリ〟じゃない。


 彼女は――【女子高生の制服のコスプレ】を、していた。


「な、なに着てるんだよ⁉」

「なにって、制服だよ? リリが高校で着てたやつ」


 さっきまでの寂しげな雰囲気はどこへやら。

 リリは誇らかな笑顔を浮かべ、衣装を見せつけるようにくるりとその場で回った。

 中間服のセーラーだ。胸元のえんじ色の大きなリボンがとても可愛らしい。

 

「それは見れば分かる! なんでいきなりセーラー服なんだ⁉」

「……ぶー。せっかく褒めてもらえると思ったのに」


 リリはその場でしゃがみ込んで、わざとらしく指先で床を撫でた。


「リリの制服姿、かわいくないの……?」

「なっ、あっ、いや――」俺はリリの全身に目を向けて、そむけて、こほんとひとつ咳をして、言った。「か……かわいいことは、かわいい」

「ほんと⁉ 似合ってる?」

「ああ。似合ってる」

「すごく?」

「すごく似合ってる」


 リリは満足そうに頷いてんだ。


「才雅が言うんなら間違いないね♥ ……で、お酒は買ってきてくれた?」

「ああ。……って! その恰好のまま飲むつもりか⁉」

「当たり前じゃない。に着替えたんだから」

「セーラー服を着て酒を飲むためにか?」

「うんっ♥」リリはどこまでも無邪気に言う。「リリね、昔――してみたかったんだ。

「わるい、こと?」


 俺は眉根に皺を寄せながら尋ねる。

 

「そうよ。リリが高校生の時にね、と一緒にこっそりお酒を飲むの。『リリたち、わるいこだね』『こんなことしていいのかな』『ふたりだけの秘密だね』そんなふうにこっそり家から持ってきた缶のお酒を分けっこして、背徳感に浸って、ふたりではにかみあうの――そういうのって素敵だと思わない?」

「でも現実にはできなかった」

「もちろんよ。リリは〝本当の悪い子〟にはなれなかった。さっきも言ったでしょ? 高校は厳しいところだったし、リリ自身、とっても真面目だったんだから」

 

 確かにさっきの免許証の写真を拝見するに、真面目だったことも頷ける。

 田舎のだれも来ないような交差点でも信号を無視せず、青になるまで待っていそうな女の子に見えた。


「……それが今じゃ、こんな〝我がまま娘〟に育つとはな」

「え? なにか言った?」

「なにも言っておりません、お姫様」


 俺は爽やかな微笑みを浮かべたつもりだったが、


「笑顔うさんくさっ」


 と一蹴いっしゅうされた。


 ちくしょう。あとで草葉の陰で泣いてやる!



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次回、リリとのイケナイ(⁉)飲み会です!

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