2-16 写真、発覚、お願い

「答えてくれるかしら? この写真の意味を、めいっぱい努力して」


 那由との【お泊りデート発覚写真】のたばを突き付けられながら。

 俺は担当アイドルのリリに問い詰められていた。


「……こ、これは、その……」

「ふうん。否定もしないんだ」

「い、いや、……」

「答えられないってことは〝事実〟ってことよね?」

「………………」


 俺は何も言えない。言うことができない。

 那由と同じマンションで一夜を共にしていたことがリリにバレた。

 幸いにも〝同棲している〟ことは露見していなさそうだったが……それでも一緒に手を繋いでいるところも撮られている。

 もはや何の言い訳もできない。


 ――あの時感じた視線はこれだったのか。


 おそらくリリが探偵でも雇ったのだろう。

 写真はよく週刊誌に映っているような、遠くから様子を伺うように撮影されたものだった。


 どくん。どくん。どくん。

 心臓が嫌なふうに高鳴る。

 全身から冷や汗が止まらない。


「……っ!」


 何かを言わなきゃいけないが。

 喉が張り付いたようになって言葉を紡ぐことができない。言うべき言葉が見つからない。


「……はあああああ」


 そんな様子を見かねたのか、リリは深い溜息を吐いた。

 

「ねえ、ひとつだけ聞かせて。才雅はなゆたさんと付き合ってる――それでいい?」

「……それには、すこし御幣ごへいがある。説明させてくれるか?」


 俺はどうにか声を発することができた。

 

「発言を許可します」


 裁判長のようにリリが言った。


「確かに俺と那由――月城さんは同じマンションで一夜を共にした。ただ……

「健康的な成人男女が手を繋いでマンションに入ってして――それで〝なにもなかった〟なんて信じられる?」

「世間一般的に見ればそうかもしれない。ただ――俺と月城さんの関係は、いささか特殊なんだ」

「特殊?」

 

 俺はこくりと頷いて、


「いつかの本番のための……〝練習〟なんだ」


 そこは誤魔化さずに。

 正直に言ってやった。


「練習? 手を繋ぐことも?」

 

 俺は頷く。


「にこにこしながら一緒に買い物することも?」


 俺は頷く。


「朝、マンションから一緒に出てくることも?」


 俺は頷く。


「ふうん」


 リリは手にしていた写真をぴいんと指先で弾いた。

 机の上にひらりと落ちたそれには、俺と那由がまさしく〝カップル〟のように仲むつまじく手を繋いでいる姿が映っている。

 

「これが〝練習〟ねえ」


 リリは言外に別の意味をにじませながらそう言って、椅子からひょいと立ち上がった。


「まあいいわ。逆に練習ごっこだったとしたら、くらいよ」

「え?」


 そのあとリリは口元に浮かんで消えるような、でも確かに熱量のある声で囁くように言った。

 

「……そっちが公私混同するんなら、リリだってしてやるんだから」


 俺は顔をしかめて、リリの発言の意図を探る。


「ねえ。リリの夢は覚えてるわよね?」

「……月城なゆたを越えること」

「そのために?」

「まずは今度の総選挙で1位になること」

「圧倒的な1位を取ること、よ」


 リリは語気を強めて補足した。

 そのあと指先を顎下に当てて、小首をかしげる。

 

「どこまで話したかしら……そうね、の話。リリだってね、みんなが期待してる【風桜リリ】の仮面を被って演じてるの。だから――あの時、なゆたさんが話していたことはとってもよく分かるのよ。ガラスのイメージ。壊れやすいアイドル」


 彼女は缶に刺さっていたストローを爪先で揺らしながら続ける。

 

「そのイメージをね、越えなきゃいけないの。――そうしないと、今度の総選挙で〝圧倒的な1位〟は取れないの」

「そんなもの、やってみなきゃ――」

「分かるのよ」


 リリは重たい声で言った。


「この前ね、なゆたさんに会ってから……あらためて【月城なゆた】っていう〝世界一のアイドル〟について研究してみたの。でもね、調べれば調べるほど突き付けられたのは――今のリリとの間にある、深い谷みたいなだけ。このままじゃ、いくら手を伸ばしても届くことはない。だから、彼女と同じ場所に辿り着くためには――崖を飛び越えなきゃいけないの。ある程度のリスクをおかしてでも」

「リスク?」

「そうよ。風桜リリが風桜リリを越えるための、ね」


 そういって彼女は。

 桜色の唇を微かに震わせながら。


「だからそのために、才雅。あんたにお願いがあるわ」


 

 言った。


 

「リリと、今ここで――


 

「……はいいいいいいいい⁉」


 彼女は酔っぱらっているようにはもう見えない。

 それでも頬がに染まっているのは。


 

 窓の外から差し込む夕焼け以上の理由があるような気がした。



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