2-7 一緒にお風呂に入りましょうか
俺はどうやら【月城なゆた】との〝契約〟を甘く見ていたようだ。
――いつかくる〝本番〟のために、恋愛の練習相手になってくれませんか?
それはつまり、疑似的にではあるが互いに
俺は喜びを噛みしめながらそれに了承した。しかし――
『それでは早速、一緒に
などと。
お付き合い
それは『耳をすませば』の雫と聖司君のように爽やかな
「そんなに叫ばれて……どうか、されましたか?」
はい、どうかしました、とは言えなかった。
「私……変なことを言ってしまいましたでしょうか……?」
あ、もしかしたら言ってるかもです、とも言えなかった。
「た、多分ですけど!」俺は外れかけた
あ、いや……そもそも付き合う前に既に
だめだ。世間一般の〝お付き合い〟とひどく
「そ、そうだったのですね……!」
しかし。
那由はなんだか感心したかのように瞳の奥を輝かせた。
「私は実際の恋愛経験に乏しいもので……漫画や映画の中ですと、
なるほど、と俺は思った。
ふたりの彼氏彼女の関係――つまりは月城さんとの【疑似恋愛】の中でひとつ、大きな見落としがあったことに俺は今更ながら気づいた。
目の前の月城なゆたという少女は、アイドル時代に〝恋愛禁止〟だった反動もあり
さらに重度の〝
つまり、10代をアイドルとして過ごし、実際の恋愛を体験してきていない彼女にとっては。
ドラマや漫画、映画など【
時に過剰に甘々で。
時に過剰にほろ苦く。
時に過剰に
(これは、非常に――マズイ)
俺は脳内で焦り始めた。
その物語と現実の違いを埋めようにも。
「……さすがは
そう言って尊敬の目を向けてくる那由には申し訳ないほどに。
俺の実際の恋愛経験は――『幼稚園の頃に幼馴染と、
「はは……お役に立てて、光栄です」
しかし今更。
目の前できらきらと瞳を輝かせる那由に向かって。
その事実を打ち明けるワケにはいかなさそうだった。
「それではお風呂――先にいただいてきますね」
「は、ハイッ! どうぞ……です」
当然、この場合。
那由が入った後の
それでも〝一緒に入る〟よりは【
* * *
こうして我々は
『才雅さん、早いですね。カラスの
俺の風呂の時間の短さを那由にそう
――【月城なゆた】を包み込んだ
同じマンションで同棲をして。
あまつさえ〝疑似恋愛〟をしているとはいえ、俺の心はこんなにも
目の前に吊るされた林檎にほいほい食いつくほどの勇気も器量も、現段階の俺は持ち合わせていない。
なのに。
『お付き合い初日を記念して……一緒にお風呂に入りましょう』
などと。
恋に憧れる〝
まったく。
昨今のラブストーリーはジェットコースターが過ぎるぜ。
というわけで。
俺の精神状態は、いつ崩壊するか分からない危機的な状態にあるのだった。
「……ふううううううむ」
俺はたっぷりと溜息をついて眉間に皺を寄せる。
つまりはこの、常に
月城なゆたと〝疑似恋愛〟をするという本当のところの意味であったらしい。
――どうか俺の心臓が最後まで持ってくれますように。
俺はいるかどうかも分からないラブコメの神にそう祈った。
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