エピローグ-2 ホンモノのシアワセ


 誰かの物音で目を覚ました。

 カーテンから漏れる柔らかな陽射しが、さらさらと俺の顔に降り注ぐ。


「うん……? もう、朝か……」

「おはようございます」

「ああ、おはよ――うっ⁉」


 一気に目が覚めた。

 目の前にいたのは。

 同じベッドにいたのは。

 

「もうとっくに朝ですよ――才雅さん」


 俺が憧れて、裏も表もなく好きになった少女――【月城那由つきしろなゆ】だった。

 彼女は頬をほんのりと紅く染めて、まるで朝焼けのような微笑みを浮かべている。

 

「ふふ。よく眠れましたか?」

「あ、ええと……」


 俺は確かめるように軽く頭を振ってみた。

 いつもの寝起きにありがちな、泥の中にいるような倦怠感がすっかり取れている。

 

「不思議だな。本当にぐっすり眠れたみたいだ」

「私もです」


 那由も満足そうに言った。


「これも前に那由が言ってた……〝幸せホルモン〟のおかげかもな」

「ホンモノの、ですか?」


 俺は緩んだ口元を手で覆いながら頷いた。


「ああ――正真正銘の、な」

 

 ――忘れもしない、

 

 俺たちは隠していた大きな【秘密】を互いに打ち明けあって。

 ふたりの間に存在したものは一切無くなって。

 溶けあって。

 ぐちゃぐちゃになって――


 そして〝ひとつ〟になった。


「……才雅さん」

 

 ニセモノの恋愛関係は解消されて。

 ホンモノの恋愛関係が締結された。


「那由――」


 視線が交差して、俺たちはどちらからともなく――


 きゅうと身体を抱きしめあった。

 

 お互いの存在を確かめるために。

 お互いがであることを確かめるために。


「んっ……」

 

 那由の息遣いが首元にあたる。

 甘い香りが鼻孔をくすぐる。

 月の温もりを感じる。

 

 あれだけ手を伸ばしても届かなかった存在は――


 今は、俺の腕の中にある。

 

「よかった――ホンモノだ」俺は安堵した。

「ふふ――ホンモノですね」彼女は笑った。


 そして至近距離で。

 再び視線を合わせて。

 一瞬目を逸らして――また合わせて。


 どくん。どくん。どくん。どくん。

 心臓の鼓動を打ち鳴らして。共鳴させて。

 

 お互いに唇を触れさせようとしたところで――


「……あれ?」


 いつもは聞こえる、秒針を刻む時計の音が聞こえないことに気がついた。

 

「時計……止まってないか?」

「……あ」


 がばっと俺たちふたりは布団から飛び起きて。

 スマホの画面をタップ、今が想定よりであることを確認した。


「い、急ぐぞ、那由!」

「はいっ、才雅さん――」

 

 

       * * *


 

 ふたり分の『いってきます』が玄関に響いた。

 

 焦って支度をしたが、どうにか始業時間には間に合いそうだ。

 

 今日はアサイチに会社で全体朝礼がある。

 そこで俺が【正社員】に登用されることを紹介してくれるらしい。

 当然遅れるわけにはいかない。

 

 昨日は那由が簡単に【お祝いの会】を開いてくれた。

 これで晴れて俺はコスプロの正社員として働くことになるが……やることは特に変わらない。

 わがままな売れっ子アイドル・風桜リリの担当マネージャーとして、を出さないようにつとめる。

 

 そして――次のアイドル総選挙での圧倒的1位。


 そんな彼女の夢を叶えるために全力を尽くす。それだけだ。


「……那由」

「は、はい」


 玄関先で靴を履きながら、那由は小首を傾げた。

 俺はそんな彼女カノジョに、不器用ながらも言ってやる。


「い、いつもありがとな。その……今日も、

「っ!」


 那由は。

 一瞬目をまたたかせてから。


 俺しか知らない微笑みで答えてくれた。

 

「――私もですっ」


 俺たちが同棲をしている都内のマンション、最上階。

 その玄関の靴棚の上には。


 あの日プールの中に落ちて、濡れて、乾いて――

 かすかに皺の寄った【月城なゆた】のブロマイドの隣に。



 俺と那由のが映った写真が飾られている。


 

==============================

次回、いよいよ最終話です……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る