1-6 一夜明けて、持つべきは幼馴染

 海鳥の声で目を覚ました。

 昨日までの黒い空が嘘のように、爽やかな明るい日差しが全身へさらさらと降り注いでいる。


「……そうか。俺、あのまま砂浜で寝てたのか……痛っ」


 砂浜とはいえベッドのように柔らかいものではない。

 寝ている間に固まった身体を動かすと、節々から悲鳴があがった。


「げほ、げほっ……!」


 上半身を折り込んでせき込む。海風のせいだろうか、喉が随分とひりついている。

 口の中にはじゃりじゃりと砂の嫌な感触が残っていた。思えば長いこと水分を取っていない。

 水を飲もうと俺の鞄を探す。思ったよりも離れた場所に鞄は放り出されていた。

 昨日のうちに脱いだ靴とズボンを小脇に抱えて鞄のもとへとたどり着く。

 チャックを開けてペットボトルを取り出す。含んだ水で口内をゆすいで吐き捨てる。それを二度繰り返す。まだ砂が残っているような感覚があったが喉の渇きには勝てない。俺は残っていた三分の二ほどの水を一気に飲み干した。


「ぷはあ、はあっ……」


 身体が思ったより冷えていることに気が付いた。背中を嫌な寒気が襲う。


「まだ春先に海岸で夜を越せばそりゃこうなるよな……って、なんだこれ、通知が……」


 一夜ぶりにスマホを見ると、画面を埋め尽くすほどの通知が来ていた。

 同期になるはずだった奴らの阿鼻叫喚と、会社倒産のニュースを見た数少ない友人たちのが大半のようだ。

 着信履歴も十件以上来ている。そのほとんどを占めていた〝ひとり〟の名前が目について――俺はそいつに電話を折り返す。

 

『わわ~! よかったよかった~、やっと繋がったよ~』


 寝起きの低血圧ローテンションには荷が重い元気ボイスを向けてきたのは、我が酒豪幼馴染の江花晴海えばなはれみだった。


『だいじょぶ? ニュースみたよ~あれ、才雅さいがの会社でしょ?』


 SNSでもめちゃ話題になってるよ~と彼女は付け足した。


「ああ、そうだ」俺は力のない声で答えた。

 

『あれ、なんか風の音……? 今どこにいるの~?』


 今どこにいるのか?

 その質問に、俺はとっさに答えることが何故だかできなかった。

 

「さあ……どこだろうな」


 俺が今どこに居て。

 これからどこに向かえばいいのか。そんなものは俺が知りたいくらいだ。

 答えを出せなかったからこそ、昨日はひとりこの海岸で砂まみれになって一夜を過ごしたのだ。

 

『う~、才雅が答えたくないならいいんだけど……』

 

 それからも晴海とはいくつか雑談をした。

 どうやら俺の元気がないことを見抜いて、他愛のないくだらない話を意図的にしてくれているようだった。

 こういうところは昔からの晴海のおせっかいであり優しさだ。


 そして彼女は。

 こういうどこか含みのある他愛のない会話を終えたあとに。


 ――〝重大な話〟を持ってくることが多くって。


 今回も多分たぶんに漏れずであったのだった。

 

『あのねあのね、もしよかったらなんだけど――』


 電話の向こうで指先をすり合わせているのが見えるようだ。

 何かを言い淀む時の昔からの癖。

 我が自慢の幼馴染は十分にもったいぶってから。


『才雅さ、ウチの会社で働いてみない?』


 などと。

 ちょっぴり予想外の〝誘い〟をしてくれたのだった。

 

「え?」

『昨日ね、ウチの上司に聞いてみたの。他と比べたらちっちゃな会社だし、常に人は足りてないし……ウチからの紹介ってことに加えて、才雅の前の会社の名前出したらとんとん拍子でOKが出てね~』

 

 話を聞くとまずは契約社員で、働きぶり次第で正社員にもなれるという。

 まさしく寝耳に水だが、棚から牡丹餅ぼたもちというポジティブな言葉もある。


 俺は流れに身を任せてみることにした。

 

「世話になってばかりだな。これで借りが2つになった」

『食べログで星4越えの居酒屋2か所、よろしくっす!』


 結局おごることになっていたらしい。

 つうか〝星4越え〟って大抵値段が馬鹿高くて予約取れないとこばっかだろ! 現無職の俺を破産させる気か!


「ふ、はは……」

『才雅~? どうしたの~?』

「なんか晴海と話してたら元気出てきた。持つべきものは幼馴染だな」

『ふえふえっ⁉ 急にそんなこと言われたら照れちゃうよ~居酒屋3店舗、あざっす!』


 なんか1軒増えてた。


「そういえば今更なんだが……晴海の会社って何の会社なんだ? 事務として働いてるって聞いてたが……」


 思い返してみれば、何故か会社の詳細の話をすると『そんなことより飲も飲も~』とはぐらかされてしまうことが多かった。


『さっすが才雅! 良いところに気がついたね~!』

「いや、結構重要なことだろうよ……」

『実はそれが……ちょっぴりだけなんだよね~』


 えへへ、と誤魔化すように彼女は電話越しで笑って続けた。

 

『選択肢その1――ここで会社のことを話して、それからあらためて入社するかどうか決める。選択肢その2――おとこ二言にごんはねえ! 明日実際に会社に来てみてその場で全貌を知る。才雅はどっちがいい~?』


 

 俺は漢になった。



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