1-12 同棲? なにそれ美味しいの?
「私の家に
「あ……ええと……?」
俺は豆鉄砲を喰らった鳩のような表情を浮かべ、ごくりと息を飲み込んだ。
「それはつまり、俺が
一言一句、同じことを繰り返す。
たび重なる推しとの幸福展開によって、俺の耳に〝すべて自分にとって都合の良いことに変換するフィルター〟がかかっていないかを確かめるためだ。
「はい。そういうことになります」
月城さんはグレープフルーツに『はむ』とかぶりついた。
「そうなると……俺は月城さんと〝同じ家に住む〟ってことになりますよね?」
俺はまた一言一句以下略。
月城さんは
「ひ、ひとりで住んでるんですか?」
「はい。ひとりで暮らすにはどうにも、広すぎてしまい」
「つまり……再三になりますが、そこに俺という存在が加われば――ひとつのマンションに俺と月城さんの
こくり。
月城さんはグレープフルーツをくわえたまま可愛らしく頷いた。
「え、ええと……すみません、何度も同じことを訊いてしまい。理解力がなくて」
理解力というか、俄かに信じられない話が過ぎる。
それでも――この数時間の月城さんとのやり取りで、ひとつだけ分かったことがある。
おそらくだが。
月の表側でない
メディアを通した劇的な存在ではない
月城なゆたではない
――ちょっぴり【天然さん】であるらしい。
そうでなければ、例え同じ会社のほぼ同期で、困っていたら助けるトレーナー・トレーニーの関係であったとしても。
――ほぼほぼ初対面の男に〝同棲〟を提案することなんてあってなるものか。
もしくは……他になにか〝深い理由〟のようなものがあるのだろうか。
いずれにせよ、競争の激しい芸能界で【トップ】で居続けるということは相当にハードなことだ。
だからこそ芸能人は何かしらの
なにかが常識から逸脱していないと芸能界では生き抜いていけないのだ。
「………………」
けれど。
――月城さんの瞳はどこまでも
その表情には一切の迷いも、少しの劣情も存在していない。
さっきからドギマギと身体を硬直させ視線を泳がせている俺が恥ずかしくなってくるくらいだ。
「あの……」
月城さんがハンカチで口元を拭ってから言った。
「は、はいっ⁉」
「いかが、でしょうか」
――そんなもの。
断る。
わけなど。
「お役に立てそうでよかったです」
月城さんはとても綺麗にご飯を食べきって、両手を合わせ『ご馳走様でした』をしたついでに言った。
「それでは今日は一緒に帰りましょう」
ついでに、の次元ではない。
なんと〝帰り道デート〟まで
――俺は今どこに居て、どこに向かおうとしているのか。
迷子だった進路に、少しどころかとんでもない規模の光が降り注いできた予感があった。
こんなにも〝幸せなこと〟が続いて起こっていいのだろうか。いや、いいわけがない。
きっと後からなにか相応の
それでも。
どうやら俺はこれから、人生を賭けて推していた元・トップアイドルと【同棲生活】を営むことになるらしい。
拝啓 どなたか様。
――俺はそろそろ死期が近づいているのかもしれません。
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次回、さっそくマンションにお邪魔するようです……!
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