3-13 満月の下、残されたふたり

 プールサイドにて。

 柵にもたれかかって、リリと晴海のふたりは都会の薄白けた星空を見上げていた。

 才雅と那由はシャワーを浴びに室内へと戻った。今屋上にいるのは彼女たちふたりだけだ。


「飲む~?」晴海が言った。

「うん――飲む」リリが答えた。


 晴海が差し出してきた泡盛(器はリリが持っていた水筒のコップだ)を受け取って、那由はおそるおそる口をつけた。


「~~~っ! 強い、わね。だけど……案外いけるかも」


 一瞬で鼻に抜けたアルコールに驚きながらも、リリはむせずに言った。


「でしょでしょ~? 泡盛までイケる口になったらあと一歩だよ~」


 一体ナニに対して〝あと一歩〟なのかはちっとも分からなかったが。

 リリは意を決して、コップに残っていた透明な液体を一気に。

 だけど時間をかけて――ゆっくり飲み干した。


「うわうわ! すご~い、リリちゃん!」


 晴海がぱちぱちと拍手をした。

 リリは空になったコップの底に目を落としてから、こてん。

 隣の晴海の肩に頭を預けた。


「ねえ、江花さん。リリ、明日仕事なんだけど。二日酔いになったらどうしてくれるの?」


 そこにはもう、いつもの作ったような彼女の姿はない。

 裏も表もない〝ありのまま〟の風桜リリだった。


「そだね~。そしたら担当してるマネージャーさんの責任を問いましょ~」


 晴海はのほほんとした声で手厳しく返す。

 そうだ。責任はすべてあの馬鹿マネージャーにあるのだ、とリリは思った。

 

 本当はもっと――彼といっぱい、をしたかったのに。


「……あんなの見せつけられたら、もうできないじゃない」


 リリは小さく呟いて、ふと屋上への出入り口を振り返る。


「どうしたの~?」

「やっぱり今から言ってくる」


 歩き出そうとしたところを、晴海が制した。

 晴海は柔らかい表情を浮かべたまま澄んだ瞳をリリに向けて、ふるふると小さく首を振って。


「今は、ふたりだけにしてあげよ~」


 そんなことを言ったのだった。

 

 ふっと。

 リリの表情からナニカが消えた。

 それまで張り詰めていた糸がぷつんと切れてしまったかのように、彼女の全身から力が抜ける。

 

 脱力と同時に――瞳から、ぽろり。


 リリは涙をこぼし始めた。


「……う、うぐぅっ……」


 あふれ出した涙は止まらない。

 リリはたまらず晴海に抱きついて、胸の中で大声をあげて泣き始めた。


「うわああああああああああああん……! 才雅の、ばかああああああああああ……‼」


 晴海は穏やかな笑顔のまま、泣き叫ぶリリの背中をゆっくり撫でた。


「結局……リリは月城なゆたに、勝てないままだ……ひぐっ」

「大丈夫だよ~」晴海は落ち着いた口調を崩さずに、彼女を温かく抱きしめて言う。「リリちゃんは、まだまだじゃあないか」

「うっ……ぐっ……うわああああああああああああん……‼」

 

 リリのまっすぐな泣き声が、藍色の真夜中の空に向かってこだまする。


「ようし、ようし」


 リリのことを優しく抱きとめながらも、晴海は空を見上げて呟いた。

 

「――いいねえ、若い子は。思いっきり泣けて」

 

 冷ややかな夜風が吹いて。

 さっきまで確かにそこにった熱のこもった空気を持ち去っていく。

 

「あーあ。せっかくオトナになって――〝今度こそ〟って思ったのになあ」

 

 丸くて大きな月が、はじけるように浮かぶ空の下で。


 声にならない分もあわせて〝ふたり分〟の泣き声が――




 どこまでもどこまでも響き渡った。





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