2-2 『彼氏彼女』としてよろしくお願いしますね

「「いただきます」」


 月城さんと一緒に手をあわせて、ぺこり。

 ふたりで朝食前の『いただきます』をした。


「お口に合うかどうか……」と不安そうにする月城さん。


 目の前に並べられたのは、ほうれん草と卵とベーコンが載ったトースト、オリーブオイルとレモンのドレッシングがかかったミニトマトと野菜のサラダ、そしてだった。

 後半に見覚えがあったので、『もしかして……』と視線を向けたら、『はい。スープも自分で作ってみました』とはにかんだ。


「ありがとうございます。うれしいっす」


 味はもちろん最高に美味しかった。

 だけどそれだけじゃない。この食卓には〝愛〟を感じた。

 俺と月城さんが初めてランチをした時の想い出のメニューの一部だ。

(ちなみにその時の組み合わせでなぜ月城さんが笑っていたのか、俺は未だに理由が分からない。生姜焼き、大盛りご飯、かぼちゃのスープ、牛乳――うん、何度考えたってベスト・チョイスだ)


 かちゃかちゃと料理を食べ進める音が響く。

 そんな現実的な音の中で、俺はおそるおそる切り出してみた。

 

「あの、……昨日、、見ました?」

「夢ですか?」月城さんはすこしだけ視線を空に上げた。「いえ……あまり覚えていないです」

「そ、そうですか」

「はい。正直、寝つきは悪かったのですが……夢がどうかされましたか?」

「ああいえ、なんでも」


 眠れなかったのは俺と同じらしい。しかし、俺の場合はその原因はもちろん――〝疑似恋愛契約れいのあれ〟にある。

 本当にあれは現実だったのだろうか? もしかすると、晴海を送り届けてマンションに帰宅し〝飲み直した〟段階からという可能性は十分にある。


 月城さんはスープのカップを置いて続けた。

 

「夢は見ませんでしたが、朝はすっきり目覚めることができました――いただいたが効いたのかもしれません」


 ――うん?

 気になるワードが飛び込んできた。サプリメント?

 俺の記憶が定かであれば(いや、どこまでが〝定かであるか〟を今まさに検討している段階なのだが)、月城さんにサプリを渡したのは例の【秘密の部屋】を見て〝疑似恋愛契約〟を締結した後の話だった気がする。


 だとしたら――

 俺の背中を大量の冷や汗が伝う。

 喉がからからに乾いていく。

 

 そして決定的なをするかのように。


 月城さんは言った。

 

「あの――

「はい……へ⁉」


 一瞬反応が遅れた。

 月城さんは今〝俺の名前〟を呼んでくれた。

 苗字ではなく――俺の名前を。記憶を辿る。昨日までは間違いなく〝中本さん〟とだったはずだ。

 一夜にして呼び方が苗字から名前に変わる。一体何があればそうなるのだろうか。


 否。

 その理由を、俺は既に徹底的に予想してしまっている。


「あ、いけなかったでしょうか? なんと言いましても――の方々が、苗字で呼び合うのは変かなと……」


 ずどおおおおおおおおおおん。

 M20改4型89mmスーパー・バスーカで心を撃ち抜かれたような衝撃があった。


「は、はい……ええっと⁉ おつき、あい……?」

「お付き合い、です」月城さんはどこか恥ずかしそうに繰り返した。「私の秘密を見られてしまった――そのです」


 予感は当たった。

 

 

 お付き合い、と彼女ははっきりと言った。

 どうやら俺と月城さんは、どこまでもに【疑似恋愛契約】を結んでいるようだった。

 

「あ、やはり苗字のままが――」

「い、いえ! 全然、そのままで……‼」俺は胸の前でぶんぶん手を振りながら言った。「ええと、その……な、なゆた、さん」

 

 月城さんは一瞬目を瞬かせて、頬を赤らめて。

 嬉しそうにはにかんだ。


「本名は、那由なゆですよ?」

「あ……じゃあ。なゆ、さん」

「さんづけも、いりません」月城さんはすこし意地悪そうに首を振った。「才雅さんの方が、先輩なんですよ?」


 どくん。どくん。どくん。

 心臓の音が破裂しそうなほどに高鳴っている。

 俺は指を使って伸ばした前髪を顔の前におろした。

 できるだけ視線を合わせなくても済むように。

 できるだけ〝真っ赤になっている顔〟を見られないように。

 

「えっと! ……ご飯、めちゃくちゃ美味しかったです……じゃなくて! ……お、美味しかった」

「良かったです。作った甲斐がありました」

「だからその――ありがとう、那由」


 ぴくん。

 月城さんの猫目が見開かれた。

 そのあとに、白い頬に咲く薄紅色の花をより開花させて。

 口元に春の光のような優しい微笑みを浮かべて。


「どういたしまして、


 俺に向かって、どうしたって現実とは思えない言葉を言い放った。


「これからとして――どうかよろしくお願いしますね」

 

 

       * * *


 

『あの、ですね。私――恋愛禁止が解けたんです」

『私、実は【恋愛もの】の物語が大好きで』

『ラブストーリーのような恋愛に。強く、強く憧れていまして』


 だから。と夢みたいな現実の中でキミは言う。

 遥か遠く、届かない場所にあったキミは言う。


『だから――いつかくる〝本番〟のために、私のになってくれませんか?』


 俺は頷いた。夢ではなく現実の世界で誓った。

 月と一緒に同じ宇宙そらを漂うことを誓った。


 だけど。

 この時舞い上がっていた俺は、まだ気づいていなかった。


 ――いつかくる〝本番〟のために。


 そう。どこまでいっても俺たちふたりの関係は〝疑似恋愛ニセモノ〟であり。


 隣にる月に、今この一瞬は手が届いても。


 

 ――いつかはまた、遥か彼方に去ってしまうということを。


 

       * * *


 

 いずれにせよ、その日。


 同僚で同棲相手だった【月城さん】は、の【那由なゆ】へとクラスチェンジした。



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ここまでお読みいただきありがとうございます!

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(今後の執筆の励みにさせていただきます)

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