断罪する慈悲の刃⑬

 戦場は混迷を極めていた。


 当然ながら末端の兵士にまで状況が伝わっているはずもなく。


 クーデターを起こした王国軍と、俺の起こした混乱に乗じた王族派の生き残り、加えてクーデターの成功を企んでいた教会の僧兵と、強襲してきた帝国の竜騎士、数は少数だが民衆に紛れているジグの部下の盗賊団までいて、最後に俺とシアとナル。


 この場にいる戦力としては剣聖と賢者を抱えていて人数も多い王国軍が強いが、最も状況を理解出来ていないことや、場を納めるという最も難易度の高い勝利条件を課せられていることを考えるとむしろ劣勢に立たされているだろう。


 教会の僧兵と帝国の竜騎士も思惑としては王国軍側ではあるが、事情を知らない兵士からしてみれば敵に見えるだろうし、それを囃し立てるように盗賊団が演技をして掻き回す。


 充分、逃げ切れる──が、混沌のせいで逸れたナルが見つからない。


 シアは戦力として数えにくいし……。近くにいた兵士から奪った槍で雑兵を撒き散らしながら進むが……もはや、戦場がめちゃくちゃすぎて何がどうなっているのかすら分からない。


 血の匂いと破裂音。どちらが戦場の中心で、どちらが中心から遠いのかすら不明だ。


「クソ……どうしたものか」

「め、メイド服に着替えたら一般人と間違われて逃げれたりしません?」

「……ふざけてる場合じゃ! ……いや、普通に成功率それなりに高そうだけど服も着替える場所もない」


 建物の中も外も、大通りも路地裏も、天も地も戦場だ。


 空を飛んでいた魔法使いが竜の吐息に焼かれて落ちていき、その竜が矢に撃たれて続いて墜落し、下にあった建物が崩壊し、その破片が兵士を吹き飛ばす。


 落ちてなお暴れる竜を仕留めにいこうと兵士が動くのを見て、こちらはまずいと踵を返したところで、愉快そうに笑う老人が俺を見据えていた。


 ……見覚えはない。剣聖ではないが、間違いなくそれレベルの強者。

 まぁ、各地から戦士が集まっているこの場だ。それぐらいいてもおかしくない。


 お互いに無言のまま近づいて斬り結ぶ。

 どこの所属かすら不明だが、敵なのは間違いない。


 強い……が、技量でも、体力でも、膂力でも俺が押し勝てる。剣を弾き飛ばしたところで、老人は「カカカッ」と笑う。


「当代の剣聖は本当に強い。この歳で挑戦者とはな、たぎる、たぎる」


 老人は下がりながら地面に手を翳すと石畳が伸びて変形し、剣の形を取る。

 魔法まで使えるのか。厄介だな。


 トン、と、老人が脚で地面を叩くのと同時に俺は飛び跳ね、発生した地割れを避ける。

 老人は生み出した石剣を俺へと投げ、同時に四方から俺と老人無関係に矢や魔法が放たれる。


 面倒くさい……それ以上に、これ以上戦闘が長引けば目立ちすぎてシアを守りきれない可能性がある。


 空中で飛んできた石剣を蹴ることで体勢を変えて魔法を避けて矢を剣で弾く。

 なんとか着地したところでシアに斬りかかっていた兵士を蹴っ飛ばしながら、シアを抱える。


「シアを守りながらアレはきつい。どっから出てきたんだあの化け物」

「服装からして帝国の武官かと……って、アルカディアさんっ! 上から竜が……!」


 化け物爺さんに加えて竜まで……シアを守りながら倒すのは……無理ではなさそうだが、これ以上兵士に集まって来られたら逃げることがより難しくなる。


 どうする──と考えたところで老人は「カカッ」と笑う。


「悪いなぁ。多勢で」

「チッ……!」


 空中で竜が炎を溜めるのが見える。

 袋小路に押し込まれるが、一度建物の中に……と考えいると、竜の首が老人の方を向く。


「……ん?」


 という老人に炎が吐き出されたかと思うと、俺の目の前に着地して尻尾で兵士達が薙ぎ払われる。


 混乱していると上からひょこりとナルが顔を出す。


「ナルさん!?」

「竜、奪いました! これで逃げましょう!」


 帝国の竜って手懐けることが出来るんだ……と思ったが、竜は明らかに怯えた様子でどう見ても懐いたという風ではない。


 ナル……何かした? と一瞬考えていると、石の壁を生み出して隠れていた老人が咳き込みながら出てくる。


「ナル!」

「はい!」


 未だ消えない火炎の中を走り抜け、老人の目の前でフッと地面スレスレに滑り込み、下から全力で切り上げる。


 老人の剣により受け止められるが、腕力で無理矢理上空に跳ね上げ、上から降ってきたナルの脚が老人を地面へと叩きつける。


「が……ふ……」


 トドメは……必要ないか。それよりも、三人で急いで竜の背に乗って竜を羽ばたかせる。


「ッ! めちゃくちゃ集中放火受けてる!」

「とりあえずこの場から逃げるぞ! クソ、魔法のひとつでも覚えていたら……!」


 竜は魔法や矢を嫌がりめちゃくちゃに暴れながら空を飛ぶ。シアが落ちないように支えながら周りを見ると、別の竜がこちらに向かってくるのが見えた。


 竜に乗るのは目立ちすぎたか……!


「逃げられるか、ナル!」

「え、ええっと、竜騎士じゃないので操作方法が……! と、とにかく火を吐いて逃げてください! ドラ吉!」


 魔法と矢の雨の中、竜二頭がもつれるように蛇行しながら暴れ飛ぶ。

 竜の持つ遠距離攻撃である火炎は前方にしか吐けないため後方を位置取るのが有利だが、下からの魔法や矢は後方にいた方が浴びやすい。


 これは……どちらにせよ、落ちる……。いや。


「ナル! 上に飛んでくれ!」

「えっ、でも、上に行ったら魔法とかは届かなくなりますけど、その分、負傷してる上に前方にいるこちらが不利に……。いえ、考えがあるんですね」


 竜はグングンと上に飛び、後方にいた竜が下から追ってくる。敵の竜が口の中に火炎を溜めて……その瞬間にナルにシアを任せて、竜の背を蹴って飛び降りる。


 そのまま上空で火炎ごと竜を切り裂き、地面に墜落する。


「っ……」


 落ちた場所は運悪く……丁度、処刑場のど真ん中だった。

 竜に積載していたらしい鞄から色々なものが飛び散り、その中の金貨がチャリ……と、音を鳴らして転がっていく。


 その転がった先にいた男の靴に金貨が当たり、音を鳴らして倒れる。王の肖像の描かれた表面に。


「なぁアルカディア。俺って運がいいと思わないか? また表だ」


 男はこの混沌を楽しむように、散らばった金貨を見て口元を抑えながらゲラゲラと笑う。


「神頼み、運頼み。悪くないもんだ」

「……ジグ」


 彼はゆっくりと息を吸い、ゆっくりと声を張り上げる。


「鎮まれ。俺の臣民達よ!」


 そんな言葉で混沌が静まる……そんなはずはなかった。なかった……はずだ。

 だが、止まった。止まってしまった。


 ジグは堂々と、まるで当然のことだとばかりにゆっくりと歩き、断頭台の上に腰掛ける。


「収まれ。静かに、俺を見ろ」


 戦場はあまりに酷い状況だった。

 全員、四方に敵がいて、味方と敵の区別もマトモに付かない。

 だから……縋ったのかもしれない。


 あるいは、もっと別の理由があったのかもしれないが、結果は何も変わらない。


 ジグの言葉で、その周辺の空気が変わった。


 王族達が混沌の中に飲まれていった中、「王族として断頭台に登っていた男」の言葉に誰もが息を飲んだ。


 偽物の王族だが……断頭台に登っていたことは皆が知っていた。

 だから、本物の王族かどうかなど関係なく、周りにいる人間からしたらそれは王族として見えたことだろう。


 あるいは王族の顔をしっかりと把握しているものがいても……いつ、魔法や矢が飛んでいくかも分からない場所に登ることは出来なかった。


 いや、もしかしたら全員分かっていて……けれども、ただ欲しかったのかもしれない。


 戦いを止める理由を。


 堂々と、偉そうに、盗賊の男が戦場の中心でヘラヘラと笑う。


「全員、ひれ伏せろ」


 おそらくサクラもいるのだろう。

 だが……それ以上に、戦士たちは疲れていた。混沌に混沌を重ねた戦いに。


 ひとり、またひとりと首を垂れていく。


 本物の王族と思ってのことか、それともこれ以上戦わなくて済むという甘い誘惑に負けてか。


「残念なことに、先王は死んだ。よって、このまま戴冠の儀といこう」


 近くに控えていたらしい男が冠を抱えてジグの元に向かう。


 本物の王冠は用意出来なかったのか……近くにいる俺の目から見れば一目瞭然の、偽物だ。


 偽物の王族であるジグは、それを弄ぶようにクルクルと回しながら自分の頭に被せる。


「俺が王だ」


 誰もがジグに跪く中、地面に転がった金貨に描かれた王の肖像だけが顔をあげていた。


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