老竜に望む⑦

 シアは俺のことをどう思っているのだろうか。

 冤罪で捕まった囚人で、それを助けようとしている。


 それは分かっているが、それ以外のところはどうなのだろうか。何かと距離感が近く、俺を勘違いさせるような言動が多いが、もしかしてそれは俺の見た目が女に見え……男にしては華奢なせいで男として見られていないのではないだろうか。


 真っ暗な馬車の中、シアは俺の目を見て話そうとしているのかやけに顔が近い。


「んー、その、物知らずであれなんですけど、アルカディアさんってどれぐらい強いんですか?」


 色っぽい話題にならなかったことに微かな安堵と落胆を覚えながら、シアから目を逸らして頭を掻く。


「剣聖はこの国の最高戦力の一つ……と言っても分かりにくいか。軍では剣聖とその世話を焼く付き人で中隊二つから三つ分ぐらいの戦力として数えている。おおよそ500人程度だな」

「ご、ごひゃっ……!?」

「そうは言っても人数が少ない身軽さと兵站が少なくて済むこと、敵に気がつかれにくいとかも合わせての評価で、真っ向からぶつかって打ち勝てるって話じゃないぞ」


 派手に闘う魔法使いと違って大勢を相手取ることは得意ではなく、どちらかというと面倒な潜入などの任務が多い役割だ。

 シアは「この細腕で……」と俺の腕をペタペタと触る。この子は……俺のことを男として見ているのだろうか。


「どれぐらいいるんです?」

「剣聖は決まって五席。今は俺は除籍されているかもしれないが、俺がいたころは【魔剣】、【忍刀】、【聖杖】、【爪牙】、それに俺【鈍刀】の五人だな」

「おお……2500人分」

「……いや、集まってもひとりのときとこなせる仕事変わらないから意味ないぞ。アイツらチームワーク皆無だし」

「他に強い人はいないんです?」

「剣士なら剣聖候補とか色々いるな。まぁ格は数段落ちるが。魔法使いにも八賢者と呼ばれるのがいて、こっちは戦力としてというよりも研究者としての側面の方が強いが一応同格扱いだな」

「へー、他にはいるんですか?」

「うちの国はこんなもんだ。昼に話題に出た帝国の竜騎士の中にも似たようなのがいたな。確か七天竜というのがいて、三人倒したことがある」

「……えっ、同格なんですよね?」

「似たような扱いを受けているってだけだ。それに直接ぶつかれば俺の方が強いが、移動速度では当然遥かに差があるからどちらが上とは言えない」


 七天竜は戦闘の強さによって選ばれるのではなく、竜を手懐ける技術や特殊任務、移動速度などによって評価される。

 もちろん強さもさることながら、本質はそこではない。


「剣聖は「どこに放り込んでも確実に帰ってくる戦力」で、七天竜は「圧倒的に速く移動時間を考慮しなくていい戦力」という具合で、そもそも期待されているところが違う。それに、多分俺の足止めのために向かわされたっぽいんだよな」

「足止め……ですか?」

「ああ。本来なら戦うことはまずないからな。戦場で会ってもすげえ勢いで逃げられるもんだ。……足止めのために向かって来られて、まんまとこちらも撤退を余儀なくされる状況に陥れられた。俺の補佐をしてくれていた奴が怪我を負ってな」


 シアは少し気まずそうに口を閉じたあと、何か思いついたように話し始める


「…………。あ、な、仲間の方といたんですね! どんな方だったんですか?」

「気のいいやつだったよ。戦争が終わったら一緒に店でもやろうかという話までしていてな」

「何のお店ですか?」

「あー、その……ケーキ屋」


 一瞬驚いたようにクスリと笑う。けれども馬鹿にしたようなものではなく、急に気の抜けた話になったせいのようだ。


「ケーキ屋さんですか。ふふ、楽しそうですね」

「まぁ、俺もその仲間も食ったことないんだけどな。甘くて美味いらしいから食ってみたいよなって話をして、その流れで」

「ふふ、いるんじゃないですか。お友達。会いに行けばいいじゃないですか」


 シアの言葉に息が詰まり、誤魔化すように馬車の扉を開けて空気を入れ替える。

 夜風が頬をすり抜けていき、肺に冷たい空気が入り込む。


「……俺のことを恨んでいるだろうから、会ってはくれないだろうな」

「ぁ……すみ、ません」

「いや俺が悪い。……単に俺の判断ミスで……いや、違うな。判断ミスというのは嘘だ。そうなる可能性を理解していながら、功を欲して犠牲にした」


 外に向かって息を吐き出して、俺にかかっていたシアの上着を突き返す。


「冤罪なのは事実でも、冤罪にかけられた人間が善人とは限らない。お前の目の前にいるのは、敵も味方も殺しまくった鈍刀の剣聖だ」


 そう言ってから馬車から追い出すと、シアは閉まろうとする扉に手を突っ込んでそれを止める。


「危なっ! 指折れるぞ!?」

「不意なことに相手の心配するような人が悪ぶるなってんですっ! 剣聖だかケーキ屋さんだか知らないですけど、ちょっと過去に色々あったってだけで嫌いになるぐらい器が小さいと思われちゃたまったもんじゃねえです!」

「いや……ケーキ屋ではない……」

「今日のところは暗いので引いてあげますけど、覚えてろよーっ! このクール系美少女風剣聖めー!」

「……絶妙に傷つくからやめろ。そこまで女っぽくないだろ」

「男装した女の子にしか見えませんからね!」

「こ、こいつ……引いてあげると言っておきながら人の気にしていることをめちゃくちゃ言ってくる……」


 さっさと寝るか。馬車の中に寝っ転がり、少しだけ開いたままの扉に目を向ける。

 虫の鳴き声がうるさくて眠りにくく、冷える風が気持ち悪い。


 もっと劣悪な環境で寝ていたのに、今はこれだけで寝苦しい。寝られない中で、かつての相棒のことを思い出す。

 ……俺のせいで片目と片腕を失った。恨んでいるだろうかと疑問に思うことすら出来ないほどに……俺の罪だ。


 欲しかった居場所は何一つ手に入らず、多くの人に傷を残した。カタカタと馬車が風に揺られて、風の音から逃げるように体を丸める。


「……なんで、見捨ててくれないんだよ」


 情けない言葉が口から漏れ出し、手で馬車の床をガリガリと掻く。

 後悔と絶望と罪悪感が腹のうちから湧き上がってくる。誰かが俺を見つめて恨み言を言っているように感じて、目を閉じて耳を塞ぐが、視線は消えないし恨み言も聞こえ続ける。


「っ……俺を、見るな。誰も、俺を見るなっ!」


 何もないのに怯え続けているうちに意識が途絶えたのか、いつのまにか訪れていた朝日が目に入って意識がハッキリとしてくる。


 朝日の暖かさのおかげか多少眠ったおかげか、眠る前よりかは落ち着いている。

 ……こうやって眠れないことも、変な時間に起きて身体が疲れていることも慣れてきた。ボサボサした頭を掻いて、体にまたシアの服がかかっていることに気がつく。


「…………髪、伸びてきたしあとで切るか」


 長いから男らしくないのかもしれないと思いながら外に出て、朝日を浴びながらグッタリとしていると廃洋館の方からシアが顔を出す。


「あ、おはようございます!」

「……シア、お前、あの後も馬車に来ただろ。引いてあげるとか言ってたのに」

「い、いってないですよ?」

「服をかけていってるくせによく騙せると思ったな」

「ガガヤさんかもしれないじゃないですか」

「ガガヤがシアの服を俺のとこに運ぶのはなんか問題だろ……」

「ガガヤさんの私物の可能性もあります」

「それはそれで変態だろ……」


 どこか安心してしまっている自分に嫌気が差す。

 朝食の準備でもしようかと考えていると、シアは俺をちょいちょいと手招きする。


「ついさっき、地下室への入り口っぽいの見つけましたよ」

「……あー、酒あったら飲んでいい?」

「ダメです」


 自分はルール違反しまくるのにケチだな……。と思いながら、シアに連れられて廃洋館に入る。

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