老竜に望む⑥

「……ヴァルハラ計画、そもそも穴だらけじゃないか? 革命を起こせるか。革命を起こしたあと上手く貴族となり変われるか。そのあと来るこちらが不利な戦乱で勝てるか、勝ったあとに纏められるのか……」

「そんなマトモな手合いじゃないだろ。荒らせるだけ荒らして、上手いこといけばよし、そうじゃなくても楽しいぐらいの感覚だぞ。逃すなよ。絶対に逃すなよ」

「俺に言われても……下っ端だぞ」


 ああいう好き勝手やるだけやる奴は、勝っても負けても厄介だ。


 ……まぁ、俺がそこまで気にすることでもないだろう。どうせ捕まっているままだし、面会もさせてもらえないだろうから外部とのやりとりも出来ない。


 そんなやりとりをガガヤとしているうちに日が傾き赤くなっていく。


「あ、アルカディアさん。地下室はまだ見つかってないんですけど、そろそろ暗くなるので眠る準備をしようかと……」

「……俺は馬車の中で寝る」

「あっ……はい」


 まぁどうせ調査しても何も見つからないだろうし、気軽に考えるか。

 適当にやり過ごして、ピクニックに来たとでも思えばいい。


 馬車に戻り、一人で目を閉じて過ごしていると外から何かの音が聞こえて、隙間からそちらに目を向ける。


 先程までの白いワンピースから着替えて、普段の仕事着に身を包んだシアが身の丈に合わない剣を握っているのが見えた。


 剣を構えて数歩、ブツブツと何かを唱えてからゆっくりと剣を振り上げ、振り下ろした瞬間が見えないほどの速さで振り下ろされる。


 また元の位置に戻ったかと思うと再び剣を構えて数歩、同じ位置まで歩き同じ言葉を唱えてから剣を振り上げて振り下ろすタイミングすら掴めない動きで剣が落ちるように振り下ろされる。


「こんなところでも素振りをするんだな」

「あ、アルカディアさん。これをしないと落ち着かなくて、うるさかったですか?」

「いや……」


 シアのこれは素振り……と、呼べるのだろうか。

 歩くところから始まるその動きは、まるで処刑の予行練習だ。素振りには本来必要ない儀式的な動きが多く、素振りの回数は非常に少ない。


 鋭く、速く、けれどもどこか優しげで美しい流麗な動き。

 舞のような素振りは何度か見たことがあるが、「儀式」としか言えない素振りはシアでしか見ない。


 見惚れてしまっていると、認めてしまう。


 それほどまでにその剣は、シアの動きは剣聖である俺の目からしても、洗練されていて美しいものだった。


「──断罪する慈悲の刃。……と、この技を呼びます」

「……断罪する慈悲の刃、か」

「アルカディアさん、剣聖として何か見直すところとかありますか?」

「ない。……それ以上の振り下ろしはあり得ない。……もちろん、実戦の剣としてはあまりに隙だらけだとか、一撃を振るのにどれだけ時間かけてるのかとか、そもそも話すなとか、いくらでも問題はあるが……それは俺の剣で、シアに必要な剣ではないだろ」


 シアは剣を背中に戻してから疲れたように手をぐーぱーと握り、それから首を傾げる。


「実戦の剣は教えてくれないんですか?」

「たぶん、剣筋がブレる。必要のない技術を身につければ、その分鈍るだろう。よく研がれた刃が薄く頼りなく見えるからと鉄を継ぎ足すような愚行だ」

「む、むう……?」

「良い剣ほど頼りなく見えるものだ。まぁ、処刑人をやめて傭兵や冒険者や軍人になるなら別だが、そんなつもりはないだろ」


 少し迷った様子を見せてからシアはコクリと頷く。


「もう少し振ってからいきますね」

「……俺も見ていていいか?」

「ん、いいですけど……あまりジッと見られると少し照れますね。そんなに魅力的ですか?」

「……真冬の夜の海を見たことあるか?」


 シアは剣を構えてから首を横に振る。


「シアの剣はまるでそれだ。黒く冷たい水が音を立てる。恐ろしいと分かっているのに、脚が岸壁へと向かい身を投げ出したくなるほど……美しい」

「ん、んぅ……なんかよく分からないけど詩的で照れます。……アルカディアさんもその……そうですね」


 シアはお返しのように何かを考えて口にする。


「えっと、アルカディアさんは美少女みたいで素敵です。お顔がとてもかわいいです」

「…………早く振れよ。素振りしろよ」

「あれ? 僕、何か間違えました!? もしかして間違えました!?」


 男が美少女みたいと呼ばれて嬉しいわけないだろ……。


「美少女が見たいなら鏡でも見てればいいだろうがよ……」

「いや、僕は少女であっても美ではないので。それに……女性の美少女より、男性の美少女の方がなんか良くないです?」

「……意味が、分からない」


 褒められているのか貶されているのかも分からないままシアの素振りを見終えて、それから馬車に戻って目を閉じる。

 しばらくすると子供っぽい寝巻きを着たシアが小さな声で「失礼しまーす」と口にして馬車の中に入り、目を閉じている俺に自分の上着を掛けていく。


 毛布代わりにしろということなのだろうが……先程まで着ていたものだからか、微かに汗の匂いがして落ち着かない。

 シアが出ていく前にもぞりと動くとシアは「あっ」と申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「起こしちゃいましたか?」

「元々起きていた。……あまり、夜に男の寝てるところに来るものじゃないぞ」


 シアはよく分からなさそうに頷き、それから俺の隣にポスリと腰掛ける。


「久しぶりのお出かけ、気分は晴れましたか?」

「……すごくモヤモヤしている」

「相談に乗りましょうか? ……聖女さんのことですか?」

「……シアのことだ」


 俺の声を聞いたシアは驚いたように俺を見る。


「僕のこと……ですか。えっと……あ、かわいいと言ったのが嫌でしたか?」

「それもあるけど……シアのものになりたいのかって問いはなんなんだよ」


 もしも「シアのものにしてほしい」と言ったらどうなるのだ。今までのように助けようとしてくれるだけなのか、それとも何か……こう、口にはしにくいような、そんなことをしてくれるのだろうか。


 俺がドキドキとしながら訊ねると、シアは「ん」と口を開く。


「えっと……特に考えてはいなかったのですが、聖女さんの代わりになるように……と」

「…………そうか」

「えっ、な、何か落ち込んでます? ショックを受けるようなことを言いましたか!?」


 いや……俺が悪い。俺が悪いんだ。勝手にあらぬ妄想をして、それが叶わないからとショックを受けて。

 ……なんかこう……飼い主と犬のような……そんな感じのことをするのかととか、馬鹿なことを考えて。


「……あ、話題、話題を変えましょう。アルカディアさんがとっても強いって話をしましょう」

「……聞いていておもしろいものじゃないと思うが」

「じゃあ……アルカディアさんに似合いそうな服の話をしますか? クールな美少女に見えるのでメイドさんの格好とか」

「……戦いの話をするか」

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