老竜に望む⑤

 俺はモテない。ついこの間もジグが俺を見て「思っていたよりも細い」と口にしたように、男にしては背も高くなく細身である。

 だからだろうか、シアが「僕のものになりたいのか」と聞いたのは。


「…………なあガガヤ、俺って男らしくないか?」

「えっ、なんだよ。急に……性格の話か、見た目の話かによるけど。……まぁ、見た目は……あれだな」

「あれってなんだよ……」

「…………傷つくかと思って」

「その反応に傷ついているんだよ……。俺、そんなに男らしくないか?」


 シアが俺を妙に守ろうとしているのも俺が弱々しい見た目をしていることが一因だろうと思うと、あまり素直に甘える気にはなれない。


「どうしたんですか? 二人で話して」

「何でもない。それよりも、飯の準備でもしよう。暗くなる前に食っておいた方がいいだろ」

「あ、そうですね。あ、アルカディアさんはお料理出来ます? 僕、そういうのはサッパリなんですけど。切って煮るぐらいで」

「傭兵団で炊事をしていた時期がある」

「じゃあご飯はお任せしちゃいますね。……調査・・の方は僕がやっておきます」


 シアと洋館の中で別れそうになる間際、俺はシアを引き止める。


「あ、シア」

「どうしました?」

「…………調査・・を、やってくれ」


 シアは驚いた表情を浮かべ、ガガヤは不思議そうに俺を見る。


「……はい。任されました」


 ……本来、人任せにするようなことではないのだろう。けれども自分の手で調査をして……親しかった人物を追い詰めることは、あまりに心苦しい。


 人がいなくなってからまだ年月が経っておらず、おそらく戦争に駆り出されて帰ってこなかったとかで急に住人がいなくなったためか、設備やら何やらはほとんどそのまま残っている。


 適当に買ってきた食材を調理しながらため息を吐く。


「……今日、買い物と料理しかしてないな」

「いいんじゃねえの? 平和な方が」

「……ガガヤいるのか。いや、そりゃそうか。脱走とか防止しないとダメだもんな」

「単に腹減ってるから飯まだかなぁって待ってるだけだが?」


 そうかよ……。

 昼間、シアは物足りなさそうにしていたので体格の割に健啖家らしい。ガガヤもそこそこ食いそうだし、今日は多めに……。

 いや、滞在日数が分からないからやめとく方がいいか? 街も近いからそんなに気にしなくてもいいだろうか。


 そんなことを考えていると外で馬がいななく音が聞こえて、急いで窓から外の様子を見ると、牛のような魔物が馬の餌を横取りしているのが見えた。


「よしガガヤ。今日の飯はステーキだ」

「お、おい。相当デカい魔物……ああ、いや、心配はいらないか」

「ああ、もう終わった」


 俺の投げたナイフが牛の魔物の脳天に突き刺さる。

 巨体が倒れ込むのを見ながら周りに他の魔物がいないかを確認し、適当なロープを持ってきて牛の脚を引っ捕えて近場の木に吊るす。


 血管を切って血を流させてから手を拭いて中に入る。


「解体頼めるか?」

「やったことねえよ……。というか、飯前にやりたくない」

「ワガママだな。……仕方ない。ステーキは明日だな」

「野外に放置してて動物に食われないか?」

「人の気配があればあんまり寄ってこない。……そういえば、あれぐらいの大きさの魔物が出るような環境じゃないのにな。迷い込んできたか。……ああ、いや、竜から逃げてきたって可能性もあるか」


 出来ることなら帝国の竜騎士とは戦いたくない。何度か相手したことはあるが、竜の暴力と人間の小細工と判断能力、それに加えて逃走の早さとこっちが引いたときの執念深さ……と、何から何まで厄介な存在だ。


 俺が強いと言っても飛ばれて逃げられたら対処のしようがない。

 まぁ、あちらとしても会いたくはないだろうし、ど素人のシアとやる気がないガガヤの二人では精鋭である竜騎士を見つけられはしないだろうし、あとは俺が適当に誤魔化せば戦わずに済むはずだ。


 料理を作り終えたあたりでシアが戻ってきて、料理を見て目を輝かせる。


「わ、美味しそう! アルカディアさんはいいお嫁さんになりますね」

「……お嫁さん?」

「あ、こういう発言がいやなんでしたっけ? ごめんなさい」

「いや、まぁいいんだけど……。シアは何か見つけられたか?」

「この前に来たときから変わったところはないですね。ワインが割れて臭いが凄いことになってる部屋はありましたが」

「ああ、掃除するやついないもんな。そういえば、この廃洋館ってワインセラーとかないのか? 急に持ち主がいなくなったみたいだし、安酒ぐらいなら残ってそうだけど」

「お、いいねえ」

「お二人とも仕事中って忘れてません? そういった部屋はなかったですよ」

「結構広い家なのにないのか。割と地下にありがちなんだがな」


 俺がそういうと、シアは「そういえばお父さんも集めてましたね」と口にして、それから少し考える様子を見せる。


「……割れていた瓶のワイン。父が集めていた物の中に同じものを見ました。そこそこ値が張るものだと思います」

「元の持ち主、ワインが趣味だとしたら……これだけの屋敷にそれ用の部屋がないのは少し不自然だな」

「地下室などがないか探してみますか。ワイン探しじゃないですからね。廃屋に泊まる許可は降りてますけど、そこのものをもらっていくという許可はもらってないので、見つかっても飲んじゃダメですよ」


 広い家に住むようなお偉いさんが飲むワインを飲んでみたかったんだが……まぁいいか。

 簡単に盛り付けて机に並べていくと、シアは「ほー」と感心したように料理を見る。


「盛り付けまで凝ってますねぇ。とても美味しそうです」

「こんなもんだろ。ほら、冷める前に食え」


 三人で食べているとシアがしきりに「美味しい」とか「毎日食べたい」とか褒めてくる。毎日食べたいというのは……そういう意味か? そういう意味なのか? などと考えていると、自分の作った料理の味も分からずに食べ終えてしまう。


「じゃあ、俺は片付けしておくから二人で地下室がないか探してくれ」

「はーい。すみません、全部やってもらって」

「こういう作業は嫌いじゃないから気にしなくていい」


 シアは少し意外そうな表情を浮かべたあと、コクリと頷いて出ていく。

 ガガヤも出ていくかと思ったが、出ていく様子はなく椅子に座って気だるそうに俺を見ていた。


「……なんだ? おかわりはないぞ」

「お嬢と仲いいなって思ってな」

「…………アイツが勝手に世話を焼いてきているだけだ。俺は仲良くしたいと思っていない」


 多分、シアはいい奴なんだと思う。少しばかりルールを無視するきらいがあるが、それを含めて悪くは思えない。

 だから……勝手に好意を持って、当然フラれて、それで裏切られたような気分にはなりたくない。


「別にさ、死ななくてもいいんじゃねえの?」

「……」

「お前、ほら、美形だし腕も立つから女なんていくらでも寄ってくるだろ。牢屋から出たら、適当な女でも引っ掛ければいいわけで」

「ガガヤ……俺が恋愛絡みの悩みで死のうとしてると思ってるのか?」

「えっ、違うのか?」

「違う。……別にモテたいとかそういうんじゃないんだよ。結婚したいとかなら、剣聖のツテを頼れば見合いぐらいはしてもらえるだろうし」

「剣聖ってすごいな」

「ああ、すごいぞ。国の行きつけの武器屋とかなら剣聖割りが効くしな」

「へー、お得だな」


 ガチャガチャと皿を片付け、日が傾いているのを見る。


「……死にたいという思いが先にあって、未練があるから生き延びれる。この前まではメリアだったし、今はシアだ」

「分からないな。あれだけ強くて……欲しいものは何でも手に入るだろ」

「……」

「お前さ、あのジグって男の提案に本気で心惹かれていただろ」

「……」


 答えられない。今も……心の奥底ではそれを望んでいるのかもしれない。


「ここではないどこかの国の神話の天国にヴァルハラってものがあるそうだ」

「ヴァルハラ?」

「ああ、毎日永遠に殺し合いをして、復活してまた殺し合いをするらしい。永遠に戦いが続く天国だとか」

「地獄の間違いだろ。そんなもん」

「まぁ俺からしたらそうだけど、アルからしたらどうなんだ」

「…………分からない。……ジグがやろうとしている計画、呼び名がないと面倒だな。ちょうどいいし、ヴァルハラ計画とでも呼ぶか」


 戦うのは、嫌いだが好きだ。

 痛いのも疲れるのも敵意や殺意を向けられるのも相手を傷つけて殺すのも嫌いだが……戦えば、人から認められて居場所が出来る。


 俺はこのまま……シアノークの味方でいられるのだろうか。

 いつか別の場所に転んでしまいそうな嫌な予感が、頭の中にこびりついて離れない。

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