老竜に望む④

 あのときのことは、正直気が動転していてよく覚えていない。血の流れ方は、どうやって死んでいたか。

 あやふやな記憶を辿ろうとしていると、シアが「無理はしないでいいですよ」と俺を止める。


「どちらにせよ。アルカディアさんに見せるつもりだったのは間違いなさそうですね。咄嗟にアルカディアさんに庇ってもらったという状況ではなさそうです」

「……計画的に、か」

「……すみません。言わなかった方がよかったでしょうか」

「いや……平気だ。そうか、アイツ……俺が庇うのを見越してこんなことをしたのか」

「…………動機……は不明ですが、そうだと思います。婚約者の方と聖女様で貴族の男性を殺害し、アルカディアさんに見せて庇ってもらう」


 ……俺が保身を選ぶ可能性を、メリアは微塵も考えなかったんだな。

 実際にメリアを庇って捕まったわけだが、俺の方が見捨てる可能性も十分あったろうに。


「計画的なものということは……その貴族を元々殺したかったということか。どういう繋がりか分かるか? 政治的な敵対をしているとか」

「ん、特には……あくまでも死者に対する評価なので正確ではないでしょうが、恨みを買うような人ではなく誠実で真面目な人だったそうです。……まぁ、死者、それも被害者を貶すような人はなかなかいないでしょうから、信憑性はそこそこですが」


 ……動機に関しては分かりようもないか。

 これと言った繋がりもないようだし、証拠も出てくることはなさそうだ。

 まぁ真面目に考えても仕方ないか、適当に調査を切り上げようとしているとシアが「あっ」と口を開く。


「どうした?」

「前に来た時にはなかった足跡があったので。……僕がこの前きた後に誰か来ているようですね」

「この前って……たった三日前とかじゃないのか?」

「はい。かなり短期間です。一応、人がいないか見てきますか?」

「そうするか。ああ、でもちょっと待て」


 しゃがみ込んで足跡を確認する。確かにまだあまりボヤけておらず新しい。それにこれは……。


「やっぱり、大きな魔物というのは紅炎竜だな」


 俺がそう呟くと、シアが「やれやれ、やれやれですよ」とゆっくり呆れたように俺の肩をポンと叩く。


「あのですね、アルカディアさん。紅炎竜というのはドラゴンなんです。人ではないので、人の足跡を見て判断出来るものじゃないんです」

「…………」

「まったく、やっぱりアルカディアさんは僕がついていないとダメダメですね」

「…………」

「あ、それともドラゴンが人になる伝説を信じちゃってる感じですか? お可愛いですね」

「…………」


 め、めちゃくちゃ煽ってくる。

 俺は指先で足跡の端をすくってシアに見せる。


「ほら、ここら辺の土じゃない。馬車だとしても休憩で外に出たら土は入れ替わるだろ。これはこの近辺に来てから数歩しか歩いていない証拠だ」

「……だからドラゴンですか? ドラゴンが変身したから大型の魔物でも見つからなかったと」

「いや、変身しなくてもありえるだろ。人が竜に乗っかっていればいい」


 シアは俺の手に付いた土を見てハッと目を開く。


「帝国の竜騎士……!」

「人に躾けられた竜なら大人しく身を隠すことも出来るし、見つかったときは人間がいたら「確実に逃さない」も可能だろう」

「で、でも……その、それは、えっと……敵国の精鋭が何故こんなところに?」

「そこまでは不明だが……。繋がっている可能性はあるだろう」

「……アルカディアさんの……というか、聖女さんの件とですか」

「何の根拠もないけどな。……不自然な行動をしている二組が同じ場所、同じ時期にいたってだけで」

「敵国のスパイの幇助となると死罪……」


 シアは少し考えた様子を見せて、一瞬だけ俺の方を見る。

 一秒、二秒と経って、小さな足を動かして大きさの違う足跡を踏んづけて土を散らす。


「お、おい」

「ハッキリ言って、胸糞悪いです。アルカディアさんを騙して利用していたことを考えると、スパイやらで死罪になろうとも構いません。証拠がハッキリとしたら、その首を僕の剣で落とすことも構わないでしょう」


 開いていた扉をパタリと閉じて鍵を掛ける。

 外にいるガガヤが入って来れないようにしたシアはジッと俺を見つめる。


「……アルカディアさんはどうしたいのでしょうか」

「……それは、どういう意味だ?」


 シアはまっすぐに俺を見て、本来なら絶対に口にしてはならないことを話し始める。


「隠蔽に加担しても構いません」

「──は? い、いや……それは、メリアのスパイ疑惑に関して……だよな」

「はい。その認識であっています」

「……シアノーク……処刑人の名家のものとして、許されるのか? いや、そうじゃなくても……隠蔽がバレたらシアの身まで……」

「……僕のことは考えなくても構いません。聖女か僕か、どちらが大切かを選べ……なんて、女々しいことを口にするつもりはありません」


 いや……それは、俺には、判断が……。


 もしも俺の根拠の薄い予想……帝国の竜騎士がこの廃洋館にきて、メリアとその婚約者と共に何かを共謀していたとしたら……当然、そんなことが判明すればメリアの死罪は免れないだろう。


 それを隠せば、もしも露見したときにシアの身まで危なくなる。

 俺を裏切った女を守るために、シアの身を危険に晒すなど……ありえない、ありえないことだろう。


 片方の選択は利益しかなく、もう片方は不利益しかない。

 迷う意味はなく、答えは決まりきっている。


「…………」


 理性では分かっていても、ついこの間まで「命をかけてでも守りたい」と思っていた彼女を死なせるという選択肢を選ぶことは……。


 シアは俺の様子を見て頷く。


「アルカディアさんは、とても高潔な人です」

「……こんな簡単な選択に答えることも出来ずにか」

「僕にもメリアさんにも義理というものを感じているからでしょう。それは悪徳ではなく美徳であると、僕はそう思うこととします」

「……現実問題、選ぶ必要はあるだろ。……メリアは、俺の敵だ」


 俺の言葉を聞いたシアは、綺麗な顔をジッと俺の方に向ける。


「僕が選びます。作戦は中止します。普通に大型の魔物……おそらくは敵国の間者と共にいるドラゴンを討伐します。間者本人は見逃すとしましょう」

「……それは……背信行為だろう」

「そうですね。国を裏切る行為でしょう」

「……分かっていながら、なぜ」


 シアはキョトンとした顔をしながら足跡を消し終えたのを見て鍵を開ける。それからゆっくりと微笑んだ。


「あなたが寂しそうに笑うからです」

「…………俺なんて、大した価値がないだろう」

「そうかもしれませんね。そのように扱われてきたのかと思います。……でもそれを分かった上で言いましょう。あなたが大切です。僕はそう思っています」

「……そう言っても……シアにとっての限度は、せいぜいが茶飲み友達だろ」


 立場がある以上……当然ながら交際やら何やらは出来ないだろう。

 俺を助けようとしてくれていることは分かっている。それが分かっていても……。ああ、分かっている。これはただの八つ当たりだ。


 フラれたショックが治らない中で、自分に優しくしている異性が現れて惹かれる。けれども結ばれるはずがないことが最初から分かりきっている。

 失恋が分かりきっていて、けれども……心が揺れる。それが……苦い味がする。


「……悪い。八つ当たりだ」

「……僕のものになりたいんですか?」


 思いもよらぬ返答を聞き、耳を疑っている間にガガヤがやってくる。

 言葉の意味を確かめることが出来ないまま、三人で廃洋館の奥を探索することとなった。

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