老竜に望む③

 揺れる馬車の中、かけられたシアの仕事着がヤケに暖かい。

 どこか心地がおかしくあまり働かない頭でぼーっと外の景色を見る。


 ……戦争では負けたそうだ。

 学のない俺では小難しいことは分からないが、一緒に話していたおっさんが話していた。


 俺は戦場で負けたことはないが、他のところでは負けていたとかで、不利な和平交渉を飲んだそうだ。

 負傷兵には金が渡されず、徴兵されてきた兵士の少なくない数が元の家や仕事を失って食い扶持に困り、賊に身を落とすことが珍しくない。


 帰ってきても癖が残って粗暴な戦争従事者はどこにいっても厄介者で……行き場がない。


 市井の人々は「戦争が終わってよかった」と思っているのに、俺達は……戦争が終わってほしくないと思っている。

 ……当たり前だろう。負傷兵が道端で物乞いをしているのを見て、頼られ敬意を持たれていた時代を懐かしむぐらいはする。


「……どうかしたんですか?」

「……この前のジグって男、絶対に取り逃さない方がいいぞ。内乱が起きる」


 長い長い戦乱が明けて、国が無理して集め続けた兵士の数はあまりに多く、国にはその不満を持った兵士を抑える力はない。

 御旗があれば、いくらでも人は集まるだろうし、国が人を集めようとしても兵士を切り捨てた前科があるので上手く集まらないだろう。


「少し話していましたね。あの人に可能だと思うんですか?」

「……剣聖同士の集まりがある。その時に似た空気を感じた。針が喉元に突きつけられているような緊張感と内側から湧き立つ闘争心。……まぁ、本人は弱かったけどな」


 シアはよく分からなさそうに首を傾げる。


「……俺は流石に剣聖という立場があるからまだマシな扱いだが、名前も知らない顔も知らないかつての仲間たちが道端で転がっているような状況にはよく思っていない。というか……戦場から帰ってきたら家が薪木としてもバラされてなくなっていたり、恋人が他の男に奪われていたりという話も聞くし、立場が近いということもあって面白くは思えない」

「恋人が……その、はい」

「そこに触れなくていいから」


 兵士への扱いの悪さはシアも知っていたからかコクリと頷き、それから「あれ?」と首を傾げる。


「じゃあ、何でアルカディアさんはジグさんの方にいかなかったんですか?」

「…………シアが好きになれって言ったんだろ」


 俺が思わず小声で不満をこぼすと、シアは聞こえなかったのか耳を俺に近づける。


「何て言いました?」

「……なんでもない」

「それより、俺に任せる仕事で、正体不明の魔物ってのはかなり怪しいな。何か情報はないのか?」

「んー、廃洋館の近くに出たこと、かなりの大きさであること、何度も行われた冒険者の調査では発見されなかったこと、けど何組かの冒険者が消息不明になっているってこと……だそうです」


 消息不明? 魔物退治で消息不明というのはおおよそ負けて食われたとかだろうが……。


 あの廃洋館は街の外れにあるがそれほど街から離れているわけではないし、多少の林はあるし動物や魔物もいるが、大型の魔物が十分な食事にありつけたり姿を隠せるほどの規模ではない。


「……妙な状況だな。大型の魔物がいて見つからないというのは。自警団レベルならまだしも本職の冒険者が見つけられないはずはないんだが」

「大型というのが間違いという可能性はあるんじゃないです? 詳細不明ですし」

「たぶん、街の人間が魔物っぽいのを遠目で見たってことだろう。見間違えはあり得るが……だとすると消息不明になった冒険者が何組もいるのはおかしい」


 シアは「むむう」と考え込む。


「……匂うな」

「えっ、す、すみません。僕の上着臭かったですか!? 寒いかと思って……」

「臭くはない。あと寒くもない」


 シアは俺に「戦うな」と言っていたが……まぁそういうわけにはいかないだろう。

 剥ぎ取られそうになったシアの仕事着を死守しつつ、ゆっくりと自分の考えを口にする。


「……おそらく、大型の魔物というのは竜だな」

「竜……ドラゴンですか?」

「竜の中でも飛竜の紅炎竜だと思う」

「んー、それはないんじゃないですか? アルカディアさんがさっき言っていたように、そんな魔物が見つからないとは思えませんし、あと、ドラゴンが戦った跡って派手だから分かりますよ。多分、身を潜めるのが得意な擬態型の魔物……木に化けるトレントとかだと思います」


 トレントなら大して強くもなく楽な戦いで済むが……あまり期待しないでいよう。


「ガガヤはどれぐらい戦えるんだ?」

「んー、冒険者換算でBランクぐらいってところだな」

「分からないな……。まぁ、頼りにはしている」

「僕のことも頼っていいですよ! 鉄の塊でも真っ二つに出来ます!」

「……シアの剣、動いている相手に当てたことある?」

「ないです!」

「……」


 まぁ、俺が戦えばいいだけである。


「まぁアル、大丈夫だ。アホほど目立つ紅炎竜はあり得ないだろうし、トレントとかそこら辺のなら俺一人でもいける」


 なんか二人ともドラゴン説に対して否定的だな。

 しばらく街道を馬車で進むと、以前に泊まったことのある廃洋館……メリアの結婚相手が貴族の男を殺害した現場に着く。


「そういえばアル。なんで聖女やら剣聖やらが集まってたんだ? こんな場所に」

「……あまり話したいことではないが、メリアに「男の人に脅されて……」と相談されて、話を付けるためにとここに連れて来られたら死体が転がっていた」

「あー、アルってそういうのに騙されそうな印象あるな」


 どういう印象だよ。


「ん、そうなると事件の真相が余計分からないですね。てっきり衝動的な事件かと思っていたんですが……。もうそろそろ着きますね。……あの、今さらですけど、廃洋館に泊まるの大丈夫ですか?」

「人の死なら見慣れている」

「それもですけど、それだけじゃなくて……。一応、この馬車で寝泊まりしても大丈夫ですからね」


 シアが少し迷った様子を見せているうちに廃洋館に着く。

 まだ日は高いが林を探索するほどの時間はなさそうだ。そうなると……先に事件の調査か。と言っても、めぼしい証拠は既にメリア達が消しているだろうし、シアも謹慎中に調査しているはずなので大したものは見つからないだろう。


「よし、今日は事件の方を調べましょうか」

「お嬢、俺はとりあえず馬を馬小屋に繋いでから合流するんで先いってください」


 シアに連れられて廃洋館の扉を開く。

 以前にも来たことがあったが、その日に見た遺体は当然なく血も拭われている。


「……当然すぎるほどに当然だが、跡はないな」

「えっ……こんな玄関のすぐ先にあったんですか?」

「ああ、そうだがどうかしたのか?」

「いえ……その、てっきり部屋に入ってからかと。……こういう場所で隠れて話をするにしても普通は座ってするものでしょうし、こんなところでとなると……話し合いで揉めて殺したのではなく、元々殺害する気だったか……もしくは遺体をここに運んできたのかもしれません」


 ……殺害現場がここではなかったかもしれない?

 いや、だとしてもそれなら何故こんな廃洋館に持ってきたんだ?

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