錆びたナマクラ③

 ……シアノークの推理と呼べるかも分からない読みは当たっていた。

 聖女メリアに俺は救われて惚れ込み……彼女のために強くなり、そして彼女の婚約者が起こした殺人の罪を俺に被せた。


 これはそれだけの話で、俺はそれだけの人物だ。


 やることのない牢屋の中では昼夜は意味がなく、昼も夜もただボーッと過ごすばかりだ。

 ……せめて何か、気を紛らわせることでもあれば、メリアのことを思い出さずにいれるのに。


 ひたすらボーッとしていると、外で何かの物音が聞こえる。


「……何の騒ぎだ。静かにしていてほしいんだが」

「普段のお前の方がよっぽど騒がしいぞ」


 ひとりごとに反応が返って来たことに驚くと、隣の牢屋からヘラヘラとした笑い声が聞こえてきた。


「……隣にいたんだな。いつからだ?」

「結構前からいたぞ。あんまり目立ちたくないから静かにしていただけで」

「……目立ちたくないって、こんな牢屋でか」


 少しずつ騒ぎが大きくなっていき、そんな中でも隣の牢の男は気にした様子もなく話を続ける。


「お前は俺のことを知らないだろうが、俺はお前のことをよく知っている。ナマクラの剣聖って言えば、先の大戦の英雄様だ。しかも、無実の罪で収監されているときた。これは俺にも、運ってもんが回ってきたらしい」

「……何の話だ」

「俺はエイギス盗賊団のジグ。ここから脱獄する予定だが、一緒に来いよ」


 ああ、この騒ぎはこの男を助けに盗賊団の仲間達が来たということか。


「……エイギス盗賊団か。聞いたことがある。かなり長く続いている盗賊団だが……さほど規模は大きくないよな」

「盗賊ってのは楽な商売と思われがちだが、当然規模がデカくなりゃ飯も宿も大量にいるからな。デカくなればそれだけ飢えるし国からも目を付けられる。国を興せる規模なら別だが、基本は少数精鋭だ。それを考えつく頭がねえやつはどこかで潰れる」

「そうか。賢い賢いエイギス盗賊団の奴は、監獄なんか襲って国に喧嘩を売るのか」


 俺が馬鹿にしたように笑うと、ジグと名乗った男もヘラヘラと笑う。


「盗賊団の生きる道は二つだ。少数精鋭か、国を興すか。……なあ、先の時代の英雄……ナマクラの剣聖さんよ。この国に飢えた人間はどれだけいる? 戦い、戦い、戦い、兵はどれほど死んで、どれだけの人間が食い扶持を無くしている」

「…………国を乗っ取るつもりか。マヌケか。内戦が起きてもそれを機に他国に轢き潰されるだけだろうに」

「そうだな。全面戦争になるかもな。……そうすれば、また盗賊に身をやつす奴が増えていく」


 ヘラヘラ、ヘラヘラとジグは笑う。


「……やっと戦乱が収まったのに、再び戦争を起こすつもりか? エイギス盗賊団もただでは済まないだろう」

「だろうな。今、俺を助けにきているやつもみんな死ぬだろうよ」


 少しずつ騒ぎが近づいてくる。どうやら盗賊達が突破して来ているらしい。

 ……頭の片隅にシアノークの顔が浮かぶのを振り払う。


「……戦乱を広げるつもりか」

「んー、まぁ、それは手段であって目的ではないけどな。俺はさ、戦争のない世界を作りたいんだよ。けど、ほら、国ってものが沢山あると揉めるだろ? とりあえず、この国はなくしてしまおうと思ってさ」

「…………お前」


 俺が口を開こうとした時、バンッと勢いよく扉が開く。


「カシラっ! 助けに来ましたぜ!」

「おー、ご苦労」


 荒々しい男達が入ってきて、一目散にジグの牢屋へと走っていく。

 ジグは牢屋から出てきて、俺の牢の前で体をほぐすように伸びをする。


 ……背はあまり高くない。野盗というにはどこか知性を感じる瞳をした。黒い髪と黒い目の男。


「剣聖、お前も一緒に来るか?」

「…………ジグ、お前、ヘマをして捕まったってわけじゃないだろ」


 へらりと軽薄な笑みを浮かべたジグは部下の盗賊らしき男から鍵の束を受け取って俺の牢の前で見せびらかす。


「ナマクラの剣聖アルカディア。大男を想像していたが、細いな」

「…………なんで捕まってかって話になるが……俺がここにいるのが答えになる。この監獄は一応は英雄である俺などの裁きにくい囚人が収監されている。……内情はよく知らないが、貴族などもいるんだろうな」


 何か、王の首を斬り落とせるとかいうエクセラ家のシアノークがいるのだ。

 貴族がいてもおかしくはないし、おそらくジグはそれを分かった上でここに収監されたのだろう。


「……へえ?」

「自分以外、皆殺しにするつもりだな。それで、収監されている貴族の名前と立場を奪うつもりだろう。……国を興すには、相応の血筋という説得力がなければ不可能だからだ」

「案外……頭の回る男だな。……どうする?」

「…………どうでもいい」


 ベッドに寝転がって目を閉じる。


「脱獄でも国盗りでも好きにしてろよ。俺はもう死ぬつもりだから、どっちでもいい」

「……ああ、そう。じゃあ、まぁ気が向いたら出てきな」


 そう言ってジグは俺に向かって鍵の束を投げる。

 ……どうでもいいか。目を閉じて欠伸を噛み殺していると、鼻に血の匂いが入り込んでくる。

 あまりに慣れた、親しむほどに慣れた匂い。けれども、どこか腹の中を揺さぶるように感じた。


 ……シアノークは無事だろうか、と、少女の顔を思い出す。


「…………ああ、いや……忘れていた」

「ん? 仲間になるか?」


 俺は立ち上がって鍵をかけ忘れている鉄格子の扉を開けて、鍵の束からひとつ鍵を取り出して手に持ち、残りをポケットに突っ込む。


「俺はあの剣に斬られて死にたいんだった」

「はあ? 何を言って……」

「俺もよく分からないが、なんかそういうことになったんだ。悪いが、斬るぞ」

「斬るってそれはただの鍵……」


 地面を蹴った瞬間、ジグは驚いたように目を見開き、全力で後ろに跳ねる。

 そのことに俺は驚きながらジグを助けにきた盗賊の剣を鍵によって細切れに斬り裂き、本人の腹に蹴りを入れて沈める。


 そうしている間にジグは一目散に逃げていく。


「……アイツ、俺の動きが見えていた?」


 流石に勝ち目がないと悟って逃げたようだが……俺の踏み込みが見えるというだけでも中々のものだ。

 口だけの男ではなさそうだと思いながら廊下を歩き、騒ぎの方に足を運ぶ。


 ……とりあえず、ジグを追いつつ適当に斬っていくか。


 物事を解決するのに、頭を使う必要はない。適当に敵っぽい奴を斬って斬って斬り続ければ、いつかは解決する。

 とりあえず斬ればいい。それが俺の人生で見つけた真理である。


 近場にいた盗賊達の武器を鍵で斬り裂きながら歩みを進めると、監獄の看守達に見つかる。


「ッ──ナマクラの剣聖が逃げ出しているぞ! 最優先で捕らえろ! 生死は問わな……!?」


 叫んでいる看守の武器を斬り、近くにいた盗賊の武器と鎧を斬る。

 やっぱり、斬るのは楽でいい。……女に対して好いた腫れたとか、罪とか罰とか、国取りやら脱獄やらを考えるのは面倒だ。


 騒ぎの方に歩きながら、目についた盗賊と看守の武器を斬って、本人は蹴飛ばして殴り飛ばして無力化していきながら進む。


「っ……めちゃくちゃだ! 盗賊も看守も……! どちらの味方なんだ」


 敵も味方も考えるのが面倒だから適当に斬っているだけだ。よく考えたら、こんな鍵よりも盗賊や看守が持ってる武器をもらった方が良かったな。


 そう思って周りを見回すも近くにいる奴の武器は全部斬ってしまっていた。……適当に暴れすぎた、少し残しておくべきだった。

 まぁ、次に見かけたやつの武器をもらえばいいか。

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