錆びたナマクラ④

 右から看守がやってきたので蹴り飛ばそうとしてから、ふと気がつく。この人、見覚えがあるな。何度か飯を運んできてくれたような気がする。


「ッ……ナマクラ! お前の手引きか!?」

「いや、違うけど。ああ……一宿一飯の恩義ってのとはちょっと違うが……恩はあるか。……あるか? まぁ適当でいいか。看守の方を蹴っ飛ばすのも面倒だし、着いてこい。看守の人が共にいれば看守に襲われやしないだろ」

「は、はぁ?」


 と看守の男が疑問に思った瞬間、廊下の先から数人の盗賊達が現れる。


「ッ……剣聖だけではなく盗賊まで……!」


 武器を構える看守を横に、襲いかかってきた盗賊の装備を細切れにしていく。


「は? み、味方を……!?」

「コイツらは味方じゃねえよ。シアノークのところに連れていけ。あ、勢い余ってまた武器を斬っちまった。剣借りていいか?」

「えっ……い、いや……」


 じゃあ諦めるか。次来た盗賊からもらおう。


「よく考えたら、両方ぶっ倒したら収集つけられる奴がいなくなって面倒なんだよな。看守の方は残し気味でいくか」

「み、味方なのか?」

「どうだろうか。さっき看守数人ぶっ倒したしな。まぁ、盗賊は全滅させるから味方気味ってことで」

「気味ってなんだよ!? 気味って!? 敵か味方かぐらいハッキリしろよ!?」

「……み、味方……寄り、的なアレ」

「どっちだよ!」

「面倒なことを聞くなよ……。俺はシアノークに首を斬られるために動いてるんだよ。なんかそういうことになったんだよ」


 混乱している看守と共に盗賊をぶっ倒しながら廊下を進む。なんか他の看守からも襲い掛かられたので適当に蹴り倒す。


「なんだコイツ、なんだコイツ……めちゃくちゃだ……」

「シアノークどこだー? ……なんかそろそろ飽きてきたな、部屋帰っていいか?」

「いい訳ねえだろ!? ……いや、いいのか? 脱獄囚なわけだしいいのか?」

「……なんか面倒な奴を拾っちまったなぁ」

「お前が言うな! ここの職員が出たら俺が前に出るからお前は盗賊だけを斬れ、いいな!」


 まぁ面倒がないなら、なんでもいいけど。看守の男と二人で盗賊を文字通り蹴散らしながら進んでいると、牢屋の前で見覚えがある少女……シアノークの姿を見つける。


 はーっ、はーっ、と息を漏らし、額から血を流して切っ先のない大剣……エクセラ家の処刑剣を構えていた。


 あからさまに劣勢。加勢しようと足を向けると、シアノークと向き合っている男の方に目を向けると、その中にジグの姿を見つける。


「ッ──アルカディアさん! いいところに来ました! 賊の狙いは奥の牢です! ここは僕が抑えますので、奥の牢屋の方を一度避難させ……! きゃうっ」


 盗賊達の中に魔術師がいたらしく、室内で突如巻き起こった突風にシアノークは吹き飛ばされる。

 魔術師がいなくとも、戦士ではないシアノークがマトモに戦えるはずもなく、足止めをすることは不可能だっただろう。


「剣聖、何故そちらについている。聞いたぞ、冤罪なのだろう。俺と来い。欲しいものをくれてやる。お前の望みは分かるぞ、居場所がないのだろう。役割に飢えているのだろう。精神に見合わない強さを持て余し、振るう場もない世界だ。いいのか、このまま平和とやらになって」

「まぁ……戦時なら、殺人やらで俺が裁かれるってことはまずないだろうな」

「だろう? お前の生きる場は俺の隣だ……! お前は、お前が守ったこの国で裁かれていいような存在じゃあない! 理不尽だろうが、平和にしたからこそ価値がなくなるなんて!」


 ジグが俺へと手を伸ばし、俺もジグの方に歩み寄って……その腰に下げてあった剣を引き抜く。


「お、なかなか良い剣だな。曲がってないし、錆びてない」


 俺に向けた手が空振ったジグは信じられないような目を俺に向ける。


「……何故だ?」

「損得勘定みたいなの苦手なんだよ。あ、それはそれとしてこの剣もらっていいか?」

「…………やれ!」


 戦場に魔道士は珍しくない。何十人と戦ってきて、その対応方法はよく知っている。


「──我流【屍潰し】」


 剣を振り上げて、踏み込みながら剣を振り下ろして地面にぶち当てた瞬間、剣の威力によって地面が爆ぜたかのように吹き飛んで周囲の人間を薙ぎ払いながら地面を揺らす。


 地面が揺れたことにより魔法の詠唱が止まり、それを見てジグの肩を掴む。


「断ってばかりじゃ悪いから、今度は俺から誘ってやるよ。俺の部屋に遊びに来いよ、歓迎してやる」

「……お前の部屋って牢屋だろ。もう一回捕まるのは嫌だな」

「まぁそう言うなって、住めば都ってやつかもよ」


 そのままジグの体を魔道士の方へとぶん投げて一気に薙ぎ払う。

 まだまだ盗賊は残っているが……それより先にシアノークの方に向かう。


 フラフラとはしているがなんとか立ち上がっていて、処刑剣を構えていた。


「さ、下がっていてください。ここは僕達職員がなんとか……きゅう」

「……やっぱり脱獄しようかなぁ」


 無理をしようとして結局ダウンしたシアノークを支えてため息を吐く。

 …………なんでこっちの方についちゃったかなぁ。普通に考えて、ジグの方に着いた方がよかったな。


 暴れていたらメリアのことも考えずに済むのに。……ああ、けれどもシアノークの言っていた言葉を思い出す。


「……アホっぽいから、メリアの代わりにはなんねえなぁ」

「あう……し、しつれいな……。負けたのは、その……僕の剣は強すぎて手加減が出来ないからで……」

「いや、処刑するための振り下ろし以外は完全にド素人なんだから無理だろ」

「……アルカディアさんのことを、信じていたので」

「いい感じの言葉で誤魔化そうとするな。逃がそうとしてたろ。俺を。……馬鹿だなぁ」


 ああ、でも、けれど……こんなに弱いくせに……俺のことを守ろうとしてくれたのか。

 小さくて、細くて、弱々しい少女の体を抱えて、思わず笑いを漏らす。


 シアノークはゆっくりと俺に笑いかけて、俺の頬に手を触れさせる。


「……アルカディアさんは、まるで泣くみたいに笑うんですね」


 そんな表情をしているだろうか。暴れてスッキリしたつもりだったんだが。


「……アルカディアさん、無実が証明されたら休日にお茶でもしましょうか。立場というものがあるのでお付き合いは出来ませんけど、僕に片想いしているアルカディアさんが可哀想なので」

「してないぞ?」

「週休二日なので、二日だけですけど我慢出来ます? どうしてもって時は有給取りますけど」

「休日に毎回会う気かよ……。そんなに会っても話すことないだろ」

「話さなくても色々ありますよ。お茶を飲んだり……お茶を飲んだり……? あと……お茶を飲んだり?」

「腹たぷんたぷんになるだろ。……ったく……いいから、今は休んでろ。……あとは適当に倒していく」


 シアノークはフラフラしたまま立とうと頑張るが、どうにも無理そうだ。


「倒すって……この監獄の看守は精鋭揃いで……その精鋭でも手こずるような……」

「これでも剣聖だ」

「でもナマクラって……」

「ナマクラって二つ名は蔑称だけど蔑称ってだけじゃない。マトモな兵装も存在しない、錆びて朽ちて折れた鈍らな剣ですら「剣聖」であるから、ナマクラの剣聖だ」


 先程の大技【屍潰し】のせいで折れた剣をシアノークに見せてから、新手の盗賊達に向かって振るう。

 何の抵抗も出来ないまま盗賊達の武装は細切れになり、武装を無くしたところを柄打ちで倒していく。


「……な?」

「……は、はい」


 シアノークを少し離れたところに運んだあと、先程案内してくれた看守に声をかけて見守ってもらい、人の音がする方に足を運ぶ。


 ……馬鹿なことをしている。自分から、死のう死のうとしている。不幸を選んで、愚行を為している。


「あー、クソ、お前らがやってきたせいで監獄がめちゃくちゃだ。俺の断首の日程が伸びたらどうしてくれんだよ」


 折れた剣を振るいながら愚痴をこぼして盗賊達を蹴散らしていく。程なくして、看守達の応援が駆けつけたことで盗賊達との戦力差が逆転し、俺は面倒になる前に適当なところで切り上げて自分の牢へと戻った。

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