錆びたナマクラ⑤
盗賊の脱獄騒ぎから数日、シアノークの元まで案内をしてくれた看守の男が俺の牢屋の前に椅子を持ってきてベラベラと駄弁っていた。
あれからシアノークが「冤罪なんです」と触れ回ったせいで妙に看守達からの当たりが弱くなったことを不満に思いながら看守の男……名前をガガヤというらしい男を見る。
「それで、この前のことでアルにも恩赦が出ることになったんだよ。よかったな」
「……よくねえよ。俺はさっさと首を斬られて死ぬつもりなのに、無駄に長生きを……というか、結局監獄で飼って必要になったら戦場に引っ張ってって状況だろ。国の奴隷みたいなもんじゃねえか」
シアノークから既に同じ内容は聞いていた。死刑から終身刑……条件付きで外出を許可されるというものだが、その内実は国の奴隷として戦えということだ。
適当に脱獄でも繰り返して罪をカサ増しして死刑になろうかと本気で悩むところだが……。
「死刑になるにしても、肝心のシアノークがなぁ」
俺がジグを追って勝手に牢屋から出たのを、シアノークが俺を庇って「シアノークの要請によって牢屋から出て、鎮圧のために共に戦った」という筋書きに書き換えて報告した。
そのために、一時的に且つ施設内からは出ていないとは言えども囚人を手続きなしに牢屋から出した責を負って、現在二週間の謹慎だそうだ。
少なくとも二週間のうちに死刑になったら他のやつに首を斬られかねないので、俺も大人しくする他ないし、面倒くさいが餓死しないために食事も取らなければならない。
「お嬢、謹慎を利用してアルの事件について調べに行ってるみたいだぞ」
「……もう手がかりが残ってるわけねえだろ。無駄なことせずに茶でも啜って謹慎が明けるのを待ってたらいいものを」
「んー、お嬢はアレでも俺たちの上司だぞ。アルの冤罪を見抜くのも早かったし、勘の良さは人並み外れている」
「判決を下すときに「僕の勘ではこうなんです」なんて通じるわけないだろ。無駄無駄」
俺がそう言いながら寝転ぶと、ガガヤは「ふーん」とあまり興味なさそうな声を出す。
「なんか、自分のことなのに他人事みたいに適当だな。無罪になりたくないのか?」
「……まぁ、ここを出ても居場所がないしな」
「剣聖だろ? なんかあるだろ」
「おそらく、もう降ろされてる。貴族の殺人で捕まってる奴をそのままにはしないだろうから、俺の席には新しい奴がいるんじゃないか。聖剣の嬢ちゃんか、大鉈のジジイが復帰するか……」
と俺が話している間に聞き慣れたパタパタという足音が聞こえてくる。
「もしくは僕、処刑剣のシアノークかですねっ」
「……謹慎中だろ。いい加減ルールを守るってことを覚えろ。あと、シアノーク……人を斬ったことないだろ」
シアノークは少し驚いた表情を浮かべて、絹糸のような長い白髪を揺らす。
「あれ、他の人から聞いたんですか? まだ若造なので二件しか請け負ってませんが、どちらも冤罪だったので確かに斬ったことありませんが」
「見てたら分かる。……というか、あからさまに死への忌避感が強いのに処刑剣だとか、大袈裟もすぎる」
いつもの……修道女の服と役人の服と武人の服が混ざったような奇妙な意匠の装い。
こんな牢獄には不釣り合いな幼さの残った清楚な顔立ち。風に揺られて日の光を浴びた白髪は天使の翼みたいに……ただ、ただ綺麗で。
「──儀礼剣。人を斬りもしない剣だから、儀礼剣のシアノークとかでいいだろ」
シアノークは少しおどろいたように俺を見つめて、それからにこりと笑みを作る。
「アルカディアさん、今、僕に見惚れてました?」
「……見惚れてない」
「ふふふ、ちょっと馬鹿にしたような二つ名を付けようとして、思わず見惚れて本音が溢れたようですね」
「変な妄想やめろ。見惚れてない。見惚れてないからな」
「はいはい。……じゃあ、剣聖に選ばれたら【儀礼剣】の剣聖と名乗りましょうか。うぷぷ」
「見惚れてないからな」
謹慎中にやってきたと思ったら煽ってきやがって……。
ふうっと息を吐いたシアノークは、ガガヤを見てペコリと頭を下げる。
「お疲れ様です。すみません、謹慎中のアルカディアさん係を交代してもらって。ご迷惑をおかけしています」
「お嬢、気にしなくていいぞ。俺はサボりの暇つぶしにここにきただけで担当は別のやつだから」
「ここの看守はカスしかいないのか……?」
それで何の用だとシアノークの方に目を向ける。……やっぱりコイツ、かわいいな……と思ってしまっていると、シアノークはニマァと笑う。
「あれれー? また僕に見惚れてましたー? うぷぷ」
「見惚れてない。何の用だ」
「ああ、はい。えっと、調査した結果……不自然なまでに証拠がありませんでした。というか、アルカディアさんが犯人だと示すために提出されていた証拠もなく、現状目撃者の証言のみということになります」
「だろうな」
「まぁ、誰がどう見ても不自然な判決なわけですが、後ろ盾のないアルカディアさんに対して教会の聖女様と伯爵家となるとゴリ押すのは難しくないでしょう。加えて、貴族同士での殺人事件となると内乱が起こる可能性もあるので、判決を下す代官もそれを避けてアルカディアさんに罪を押し付けたのでしょう」
シアノークの話を聞いたガガヤは眉を顰める。
「都合で人を裁くとは、由々しき事態だ」
「……何で謹慎中に職場に来るやつと仕事中にサボってるやつがなんかマトモなこと言ってる」
「そういうわけで、マトモな方法だと無罪は難しそうです」
「別に無罪になりたくはないんだけど……。というか、出ようと思えば出れるしな」
シアノークはピンと指を立てて偉そうに鼻を高くする。
「そこで、父にお願いをして刑務作業をもらってきました」
「刑務作業?」
「はい。仕事をすることで恩赦を得ることで無罪を獲得する方向でも考えようと思いまして。もちろん、冤罪の調査は調査で続行しますが」
「……いい。気が乗らない」
「……何でですか?」
「無罪を勝ち取ったところで行き場がない」
シアノークは俺の言葉を聞いたあと、コクリと頷く。
「分かりました。じゃあ、明後日から一緒にいきましょうか。冤罪の調査も兼ねて、件の事件があった廃洋館の近くにいる魔物の討伐です」
「……いや「分かりました」って言ってるけど何も分かってないな。俺はもう生きたくないんだよ」
「行き場があればいいんでしょう? 僕が貴方の居場所になります。はい解決です」
いや……ええ……と、困惑しながらも、けれどもシアノークは本気で俺を助けようとしているのは分かる。
「……あのさ、何でそんなに親切にするんだ。そんな義理はないだろ」
「ありますよ。監獄のピンチを助けられました。……まぁ、看守側の被害の半分はアルカディアさんが暴れたからですけど、それでもアルカディアさんがいなければ、まずまちがいなく負けていたでしょう」
「…………それ以前から、俺を助けようとしているだろ」
「……んー、迷子の子供をいたら助けたくなりませんか?」
「シアノークよりか歳上だ」
「判決を聞いていたときのアルカディアさん、寂しげで……寂しげで、親に捨てられた子犬のようで。……ほうっておけないなぁ……って」
……誰が捨てられた子犬だ。不満に目を逸らすと、ガガヤは俺を見て面白そうに笑う。
「ほら、いい加減ツンデレしてないで普通に頼れよ。な?」
「ツンデレじゃないからな」
「ガガヤさんの言うとおりです。ツンデレせずに素直に甘えてください」
「ツンデレしてないからな」
何故か二人からニマニマと見られるが、ツンデレしてないからな。
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