老竜に望む①

 俺は断じてツンデレではない。

 ツンデレではないが、仕方なく、不服ながらも牢屋から連れ出されていた。


「……本当にいいのかよ。俺を外に出して。シアノークも貴族側だろ」

「貴族と一言で言っても派閥はたくさんありますし、それ以上に責務があります。僕も父もあと隣の家のヤマモトさんも同じ考えなのです」

「誰? 隣の家のヤマモトさんって誰?」

「ヤマモトさんです。なんか砂糖をかけてるタイプのお菓子をくれるおじさんです」

「近所のおっさんに相談する内容じゃないだろ……。ここから件の廃洋館まで結構距離あるけど、歩きか?」

「あ、馬車を用意してもらってます。けど、他の用意は何も出来ていないので、今から市場で買おうかと」


 今から買うのかよ……。

 貴族のお嬢様なんだから適当に部下を遣わせたらいいのに、などと思っていると、シアノークは飛んできて頭についた花びらを手に持って微笑んでから俺の方を見る。


「年々、貴族や王家は力を失っています。戦争のための資金繰りに困り商人達の力を借りたことで借金が増えて、多くの貴族は資金繰りに困っているからです」

「エクセラ家もそうだから、お嬢様自ら買い物ってことか?」

「僕のうちの場合は、領地も持っていない宮廷貴族ですからね。領地もなく、国の仕事をしてお給金をもらっているわけで、そこに借金まで加わると人なんか雇えたものではありませんし、実質のところガガヤさんみたいなお役人と変わらないんです」


 つまりは落ち目の貴族ってことか。


「とは言え、貴族が市場で買い物してるとなると外聞が悪いのも事実です。今日は僕のことはシアとお呼びください」

「……それは別にいいんだけど、いつもの服装だとバレバレじゃないか? 白髪も珍しいから目立つし」

「監獄に私服で行くわけに行かないから仕事着で来ただけです。ちょっと着替えてくるのでここで待っていてください」


 ええ……ここ、監獄の外なんだけど……と思っていると門の前で見張りをしていた看守と目が合い軽く会釈する。

 ……ええ、気まずい。監獄の外で一人で看守に見られるのめっちゃ気まずい。


 どうしようかと思っていると、看守の男が口を開く。


「……俺、この前お前に蹴っ飛ばされたんだけど」

「…………あ、ごめん」

「事情は聞いた。惚れた女を守ろうと必死だったんだな」


 この人ガセネタ掴まされてる……。

 看守の男は俺に肩パンしてから肩を組み、何故か楽しそうに話し始める。


「聞いてたぜ。今からデートなんだろ?」

「違うが……?」

「頑張れよ。あ、飯とかは奢った方がウケがいい場合が多いぞ」

「金持ってねえよ……。刑として労働させられるだけでそういうのじゃないからな」

「応援してるぜ。俺は恋する男の味方だからな!」

「話聞いてよ……」


 看守の男はポケットからくしゃくしゃの紙幣を取り出して俺のポケットに無理矢理ねじ込む。


「ほら、この前ので特別手当てがもらえたから分けてやるよ。お前も活躍したけどもらってねえだろ」

「……恩赦はもらったから十分なんだけど。あとデートじゃないし、シアノークの方もそういうつもりないだろうから普通に困るんだが」


 看守に金を返そうとしているうちにいつものパタパタという足音が聞こえてくる。金を返すのは帰ってきてからでいいかと諦めながら振り返ると、可愛らしいワンピースの少女がにこーっと笑みを浮かべていた。


 いつもの処刑人の服は、重要な職務であることや貴族の身分を表すものであること、あるいは宗教的な意味合いを持つためか、仰々しく重厚なものだ。


 今のシアノークの服はそれと打って変わって、避暑地にいるお嬢様のような楚々として涼しげな格好だった。

 大きなつばの帽子をすっぽりと被り、長い白髪を軽くまとめていてうなじが覗いている。

 膝よりも少し長いワンピースの裾が風に微かに揺れて、それに合わせたようにシアノークはコテリと首を傾げる。


「んー……また、見惚れてました?」

「見惚れるか。いくならいくぞ。とりあえず俺の武器になるもの……最悪そこら辺の木の枝でもいいけど、一応剣を買って……食料も買うか。馬車の御者の分も含めて三人分……一応多めに買うか」


 馬の干草やらは多分大丈夫か。日帰りは無理だから一泊か二泊か……件の魔物が見つからずに長引くことも考えて四日分ぐらいが妥当か。

 それ以上なら現地で調達した方がいい。


 あとは服とかは……まぁ今買っても無駄になるから適当でいいか。一応破れたとき用に布を買って馬車の中で適当に作るぐらいでいいだろう。

 などと考えているとシアノークはこてっと首を傾げる。


「何を買います? 暇つぶし用の本とか?」

「……食料と布と武器。廃洋館にはそのまま泊まれるし、余計なものはいらないだろう。あと水も持っていこう。……本当に平気なのか? 遠出なんてして、いくらでも逃げられるぞ」


 どうにも不安になって尋ねると、シアノークは歩きはじめながら風に帽子が飛ばされないように抑えて振り返る。


「んー、逃げちゃいます?」

「…………それ、どういう意味だよ」


 俺が逃げないと分かってからかって尋ねているのか。

 それとも……俺と一緒に逃げてくれると言っているのか。


 ……そんなわけないか。俺が逃げないとたかを括っているだけだ。


 市場を歩き、いくつかの店を回って必要そうなものを見繕っていく。

 ……思えばメリアの教会の買い出しの手伝い依頼だな。日の光を反射したシアノークの髪を見て、手に持っていた袋がズルリと滑る。


 ……思わず……メリアを思い出して、シアノークに重ねてしまった。

 嫌な思い出がずるずると頭の中を這って、それを誤魔化すように頭を掻くと、その手をシアノークに止められる。


「……アルカディアさん、平気ですか?」

「シアノー……いや、シアって呼ぶんだったか。……大丈夫だ」

「ちょっと休みましょうか。喫茶店で軽食でも食べて」

「……仕事中にそんなことしていいのか」

「これぐらい構いませんよ。ほら、いきましょう」


 シアに連れられて入った喫茶店は、以前にも入ったことがあった。若い女性が好んで選ぶような、店はこの市には少ないためだろう。


 昔メリアとの買い出しの時にも入った喫茶店。……以前も居心地が悪いと思っていたが……メリアとの思い出のせいで余計に居心地が悪い。


 思い出したくない過去に苦しんで思わず顔を抑えてしまう。


「……こういう店は、居心地が悪い」

「そうですか? あっ、すみません注文いいですか? 焼き鳥の盛り合わせとお茶ふたつずつお願いします」

「焼き鳥の盛り合わせあるの……? この店……」


 すぐに焼き鳥の盛り合わせが届き、シアは美味しそうにそれを頬張っていく。


「急に居心地がよくなったんだけど……。何でお洒落な喫茶店に焼き鳥の盛り合わせが出てくるんだ……」

「このお店、元々焼き鳥やってたんですけど、娘さんが経営を継いで方針転換したんですよ。その名残で」

「名残……」


 いや、なんか居心地がいいけども……この席だけ異様に居心地がいいけども……。ツッコミたい気持ちを抑えて、焼き鳥に手を伸ばすとシアは俺に尋ねる。


「何があったのか、聞かせてくれますか?」

「……シアに言うような話じゃない」

「僕に言うような話ですよ。聖女のメリアさんのことでしょう? ちょうど今調査中です」

「……調査に関係ない話だ」


 シアはそれでも俺に話すように促し、俺は根負けして仕方なく口を開く。


「……メリアに、この喫茶店でプロポーズをした」

「…………へっ? そ、そんなに進んでいたんですか!?」

「正確には「この喫茶店でも」だ。色んなところで「好きだ、結婚してほしい」と繰り返してきた」


 ……何で俺は女にフラれたという話をシアにしているんだ。


「そ、それはその……えっと、どういう流れで」

「……恋人だったんだよ」

「せ、聖女さんですよね? 婚前にそういうのは……それに結婚相手も違う……」

「だから隠れて……ということだったが、今考えるとメリアは俺を好いていなかったんだろうな。メリアが教会で力を得るための派閥作りにちょうどよく、メリアに惚れている剣聖がいたから利用したってところだろう」

「……え、ええっと?」


 シアはよく分からないというように首を傾げる。


「…………聖女に惚れて、金やら武力やらを貢がされた挙句、別のやつと結婚するって言われたんだよ」

「そ、その上……貴族殺害の罪まで被せられたってことですか?」

「ああ。…………笑えよ。女に騙されて身包み全部なくした上に冤罪で捕まったマヌケを笑えよ」

「わ、笑えませんよ……」

「今頃メリアも結婚相手の男も俺を笑ってるんだろうな」

「……えっと、その……」

「俺だけ本気で、色んなところプロポーズしまくって流され続けて……」

「あ、アルカディアさんは、その……悪くないですよ」


 悪くないなんてことは分かっている。

 マヌケ過ぎるぐらいにマヌケというだけである。

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