第一章:エピローグ②

 ジグは帰り、三人で顔を見合わせる。


「……え、えへへ、用済み……だ、そうです」

「悪いな。無茶苦茶にして」

「ほんとに反省してます?」

「いや……どうかな」


 シアノークはほんの少し寂しそうで、けれども嬉しそうな笑みを浮かべてため息を吐いた。


「……振り回されていますね、いろんなものに」

「ああ……あー、そうだな」


 振り回された、本当に。

 メリアにも、シアにも、ジグにも、教会やら軍やらなんやら……まぁ、けど、うん。


「逃げてくれるか、俺と」

「……はい」


 しばらくシアと見つめ合う。じっと見合っているのに気まずさも何もなく、好意と信頼が伝わってくる。

 シアの瞳が俺を捉えて、形の良い唇が小さく自信なさげに動く。


「……僕という、シアノーク・エクセラという、その人物はその実、頑固で偏屈で、家業を継ぐことばかりを思っていました。だから、これからどうしたらいいのか分かりません」

「ああ、まぁ……俺も似たようなものだ。ナルもか。……ずっと、戦っていたからなぁ」

「ケーキ屋さん、します?」

「……とりあえず、まずどこにいくかからだな。……俺は知り合い全員と敵対してるから……ナルは?」


 スッとナルの方を見ると「えっ、あ、私も、故郷はなくなってしまいましたし、ずっといた軍を裏切ったので……」と答える。


「じゃあ、ちょっとお父さんに頼るしかないですね」

「それも無理なら王様を叩いて用意してもらうか。ジグ、マジで俺が近くにいるの嫌みたいだしな。よし、じゃあ……着替えるか。流石にメイド服でいけないしな。俺の服ってどこにある?」

「えっ……?」

「えっ……?」


 シアが不思議そうな顔をする。


「あの、あるよね? 俺の服」

「……いや、あの……流石に捨てちゃいましたよ?」

「なんで捨てるんだよ……。まだ着れただろ」

「腕が9本ぐらいある人用の服かってぐらい穴だらけでしたし……。とりあえず、そのままいきましょうか」

「えっ……。「娘さんをください」って言いにいくのに……メイド服で!?」

「ただのメイド服じゃありません。萌え萌えメイド服です。なので大丈夫です!」


 どう考えても、どう考えても……大丈夫な要素がないだろ……!


「せめて、せめて普通の服がないか……?」

「そんなに肩を張らなくても大丈夫ですよ? 父は気さくな方ですし」

「いくら気さくでもめちゃくちゃ可愛がっている娘を萌え萌えメイド服を着てる男が奪いにきたらブチギレるだろ……!」

「そんなに可愛がられてないですよ?」


 可愛がられてるよ……。

 と、俺が口にしようとしたそのとき、白い髪と宝石のような瞳が揺れる。


「家業を継ぎたいと思ったのは、厳格な父に憧れたからです。けれども、厳格な父が僕のような細い女に家業を継がせることは決してありません。……ままごとのような手伝いしかさせてもらえないのは、優しさからではなくて、頑固な僕が道を違えないようにしているだけなんですよ」

「……どうかな。俺はまぁ、親とかいないからよく分からないけど。……そんなに面倒なことしなくても、シアを諦めさせる方法ぐらいいくらでもあるように思うけど」


 シアノークという少女が、過ぎるほどに頑固で真面目なのは事実だけれど、「貴族としての勤めを果たせ」その一言で処刑人の道を諦めさせることが出来たのではないだろうか。


 なのにそうしなかったのは……可能な限りは、シアノークが胸に抱く誇りを切り捨てることが出来なかったからではないだろうか。


「……まぁ、とりあえず、話をしにいく前に着替えを」


 と、俺が言っている最中、トントンと扉がノックされる。


「シアノーク。俺だ。今、大丈夫か?」


 聞こえてきたのはシアの父の声で……。思わず肩がビクッと揺れ、シアに向かって首をブンブンと横に振る。


「あ、大丈夫です。今、開けますね」

「シア……!?」


 俺が止める間も無くシアが扉を開けて、その先にいた男と目が合う。


「……ども」

「…………女性だったのか。いや、それもそうか」

「いや……」

「いや……?」


 微妙な空気が俺とシアの父の間に流れる。


「これは趣味なので気にしなくていいですよ」

「やめろ……このタイミングで誤解を招くようなことを言うはやめろ……。服がないんだ。メイド服しか……」

「そ、そうなのか。そうか……まぁ、その……似合っているぞ、」

「やめて。本当に趣味じゃないから……。それよりも、話が……ああ、いや、先にそちらの方からの方がいいか」


 俺の言葉にシアの父は首を横に振る。


「いや、おそらく同じ内容だ。先程、俺のところにもあの野盗が来た」

「……そうか。……俺から説明すべきだったが……まぁ、そういう話だ。俺には王都から去ってもらいたいらしく……シアノークをもらっていきたい」


 正式な言い方など分かりはしない。

 俺には常識もなければ礼儀も知らない。だから、ジッと目を背けずに正直な言葉だけを伝える。


「愛している。シアノークを。だから、その許しがほしい」


 一秒、二秒、息が詰まり、心臓の音がうるさい。シアノークの父は荒れた赤みがかった白髪を触り、それからどこか遠くを見つめる。


「……シアノーク」

「はい」

「……処刑人はいいのか。俺があれだけ言っても、剣を握ることはやめなかっただろう」

「……お父さん……父上は、これからも握るんですか? ……斬るべきでないものを斬ることになり、いずれはその役目も終えることでしょう。王侯貴族に権威が失われたならば、エクセラ家の人間である必要がなくなります」


 シアの父は深く頷いた。


「元より、斬るべきでないものを斬ることこそぎ役目だ。……罪がなくとも斬らねばならない。罰ですらなく、その剣を振らねばならない。……いずれ、その刃が自分の喉を落とそうと」

「……押し付けて、ごめんなさい」

「こんな役目を娘に押し付けたがる親がいるものか」


 シアの目は揺れて、じっと父親の次の言葉を待つ。その父は、少し俺に目を向ける。


「……東に本家がある。地方だが、それなりに強い家だ。夏は少し暑いが温暖な気候でそれなりに過ごしやすい。剣聖だったんだ、剣の指南役としてなら歓迎してもらえるだろう」

「……」

「娘をよろしく頼む。頑固で、意地っ張りで、剣を振るうこと以外、何も出来ない娘だ。……本当に、どこに出しても恥ずかしいような……」


 父親はそのまま扉の外に向かって、こちらに背を向けたまま扉を閉じようとする。


「……向かうまでの準備と、紹介の手紙ぐらいは用意しておこう」



 深く、頭を下げる。

 認めてもらえた……とは、少し違うだろう。ここに置いてはおかないから、仕方なく預けたというのが伝わってくる。


「……重いな。……守らないとな」

「……僕もアルカディアさんを守るから、平気ですよ」


 トントン拍子に話が進んだ。というよりかは、無理矢理にでも、今のこの王都から娘を避難させたいというところだろう。


 息を吐いて、目を閉じる。


「……愛されてるな」

「……はい」

「……幸せにするよ、ふたりとも」


 シアもナルも、俺の言葉には頷かず、呆れたように俺に言い返した。


 それから数日……多くの傷跡が残る王都を後に、三人で新たな地へと向かった。


 怒涛の時間は終わって、俺もシアノークもナイエルも、色々な物を失って、それでも手に残っていた大切な人の手を握りしめて、少し寂しく、少し楽しく、知らない道を真っ直ぐに見据えて。

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追放された剣聖は断頭台から成り上がる〜恋人だった聖女に裏切られた【ナマクラ】の剣聖は、英雄も魔王も、神すらも斬り捨てる〜 ウサギ様 @bokukkozuki

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