第一章:エピローグ①

 貧乏くじだったのだろう。

 敗戦国の、しかも力関係としては軍にも貴族にも負けるような王の席に座りたいものなど誰もいなかった。


 クーデターをもう一度起こす体力はないことや湧いて出た帝国軍に対する対応のために王国軍も暴れることはなく……その男は気分が良さそうに玉座を弄んでいた。


 と、そんなジグとは対象的に……俺は今、メイド服を着て紅茶を淹れていた。


「な、何故……何故こんなことに……」

「なんでって……そりゃ、変装です。今は暴れたせいでお尋ね者なんですから。まさか他の人も鈍刀の剣聖であるアルカディアさんがご奉仕メイドをやってるとは思わないはずなので完璧な作戦です」

「せめて普通のメイドにしてくれ……いや、普通のメイドも嫌だけど……。そもそもご奉仕メイドってなんだよ……!」


 う……恥ずかしい。なんで好きな女の子達の前でメイド服を……というか、そもそも匿われていたら告げ口をするようなやつもいないんだからメイド服の意味はないんじゃないか?

 ただのシアの趣味ではないのだろうか。


 スカートを抑えながら椅子に座って、この前の顛末を思い出す。


 ……様々な人物たちの思惑が重なって、ジグはそのままその席に座った。


 貴族達からすると敗戦の後始末を自分達がするよりもお飾りの王にさせた方が良く、

 教会や帝国軍はどの程度かは分からないがジグと繋がっていて、

 王国軍にも多少の繋がりがあることやクーデターをひっくり返されたという事実から沈黙、

 直近の部下である盗賊達はもちろん、

 俺もわざわざこれから再度ひっくり返す意味がない。


 唯一王族派の連中だけは強く反対しそうなものだが……担ぎ上げる王族の大半が消息不明のため、今は大人しくしているようだ。


 重要な人物達は誰もがジグを偽物と分かっているだろうに、けれども、誰もがそちらの方が都合がいいため黙っている。


 多くの派閥が混乱のまま争った今回の内乱は、ただの盗賊が王位を簒奪したことで収まった。


 どこまでがジグの書いたシナリオ通りで、どこまでが即興だったのか……。

 そもそも「王国の敗北」すらジグにとって都合がいい。


 俺が大暴れしたことも含めて……どこまでが仕組まれたことだったのか。


 考えても仕方ない。アイツの目的が分かって協力したのも俺だしな。


 そう考えていると、扉がノックされて雑に開かれる。


「うぃーっす、王様でーす。アルカディアいるかー?」


 うわ……出たよ、考えていたら。

 ジグの襲来に驚きながら立ち上がると、ジグはジッと俺の方を見たかと思うと「んあっ!?」とアホみたいな声を上げる。


「あ、アルカディアか!? お、おま……なんでそんな格好を……! めちゃくちゃタイプと思ったのによ! 王様権限でぶっ殺すぞ!」

「俺だって好きでこんな格好してねえよ!」


 本当に王になった癖にこんなところにきても平気なのか……。

 いや……まぁ、コイツからしたら、俺がまた暴れるのが一番怖いのだから、優先してくるのは当然のことか。


「クーデターの処理とかはどうしているんだ?」

「そりゃ、適当にそこらへんにいたやつに任せてる」

「帝国とかと繋がりがあるだろ、属国のようになった国の王になったところで意味があるのか?」


 俺が尋ねると「ぶはっ」とジグが吹き出す。


「なんだよ……」

「いやぁ、まさか心配してくれるとは。お前、俺のこと嫌いだろ? まぁ、平気平気。ウチの国は体制がおかしいだけで、国力は帝国よりも勝ってるし、それに何より、貴族も軍ももうすぐ力を失う」

「……なんで分かる」

「知ってるか? 王国って農民の割合が、ここ百年で半分ぐらいになったんだ。質のいい肥料の作り方が見つかってな、少ない土地でたくさん収穫出来る用になって、余った人間が商売やったり、道やら川を整えたりしたり、農業の研究をして、また効率化が進んで、そんなことを繰り返している最中が今だ」


 ジグは心底、この混沌を楽しむような口調で笑う。


「……何の話をしている」


 ジグの目が俺を捉える。


「この戦争の勝者の話を」


 息を飲む。ジグは、本気で言っている。


「戦争やら外交やら権力闘争やらに王侯貴族が夢中になっている間に、一歩一歩と進んでいた民の力は、急激に力を増した。まるで爆弾のように静かにな」


 ナルの目が揺れて、俺を見る。


「人口も増えてるし、国やら軍やら貴族が把握しきれていない技術や組織も多い。当然、長年の戦争で戦い方を知っている奴なんて山ほどいる。とっくに、勝者は決まっていた。民衆の勝ちだ」

「……じゃあ、お前はただの負け犬になるな」

「いや、民衆を相手に売国すればいい。実権を売り渡して、俺は悠々とお飾りの王様として贅沢に暮らすよ」


 そう上手くいくのだろうか。まぁ……上手くいくんだろうな。


「で、なんでメイド服着てるの?」

「ほっとけ……」

「趣味です」

「趣味なんだ……。まぁ、似合うしな……」

「違うからな。趣味じゃないから」


 普通にフリフリしたスカートは恥ずかしいのでこの格好については触れないでほしい。


「で、本題は? まさか状況の説明をしにきてくれたわけじゃないだろ?」

「ああ。……要件はふたつ。ここから……王都から出て行ってもらいたい。理由は分かるだろ」

「流石にあの場で大暴れした俺の扱いが面倒……というか、別の思惑があったとは言えども、他の連中からしたらジグの手勢と思われていそうだからな」

「そう。軍事力とは別に、個人の戦闘能力なら間違いなくアルカディアが最強だ。あの戦いでも剣聖や賢者クラスを倒しまくってたしな」


 そんなに戦っただろうか。……まぁ、気づかないうちに斬っていたのだろう。


「軍は常駐させられないが、個人なら常駐させられる……。まぁ、つまり、使い勝手が良すぎるんだ。パワーバランスが崩れてしまう。俺はお飾りだからこそ王でいられるのに、力を持ってしまったらマズい」

「……だろうな」

「王都からの追放刑……。行き先は希望あるか? オススメとしては海産物が美味い街で、戦争から遠い場所があるんだけど。ああ、甘いのが好きなんだったら果物の産地とかどうだ? そこは確か教会の力も弱いし、アルカディアも居心地がいいだろ」


 ナルの方を見ると「どこにでもついていきます」という表情で見返される。


 …………シアの方を見ると、寂しそうに微笑む。


「……アルカディアさんはケーキ屋さんをするんですから、果物が美味しいところがいいですね。……たまに、送ってくださいね」


 ああ、やっぱり……。と、思いながらも、その手を握りしめる。

 玉座に座ったジグのように、堂々と胸を張って。


「一緒に行こうと、誓っただろう」

「っ……で、でも、僕は……」


 シアの宝石のように綺麗な目が、使命と俺の間で揺れる。


「シア、シアノーク。……俺には、シアを説得出来るような言葉を持っていない。家が大切とか、役目が大切とか、俺には分からない気高さで美しさだから。……なんて言えばいいのか分からない」


 無理矢理に抱き寄せる。

 そうして当然のように、抱きしめてシアの顔を見つめる。


「愛している。……愛しているんだ。気高さも、高潔さも、優しさも、馬鹿なところも、弱いところも。ずっと、君の笑顔を見ていたい。ずっと、君の声を聞いていたい。……初めて、生きていたいと思えたんだ」

「僕も……アルカディアさんを愛しています。あなたが恋しくて、寂しくて、肌寒くて。……愛しているだなんて、酷いことを言わないでください。覚悟も何もかもを、捨ててしまいたくなって……」


 泣きそうな表情で、愛を確かめ合う。

 そのまま抱き合って、お互いの熱を確かめ合っていたところを……ジグが気まずそうに頬を掻いてシアに言う。


「あー、盛り上がってるところ悪いけど、戦争の終結という名目で恩赦出しまくるから、しばらく仕事ないぞ。そもそも粛清とか大量処刑みたいなの、どの勢力も出来るような状況でもないし……。エクセラ家が対応する王族や貴族も、現状王族が全然いないし、一応勢力的に強い貴族が処刑にはあんまりならないだろうし、当主ひとりで十分というか」

「……えっ、いや、でも」

「敗戦処理が落ち着いたら民衆が権力を持つ時代に移るから、エクセラ家はほぼお役御免だし……。貴族という枠組みも大貴族以外は消えていくだろうから、気にせずに……。身分の違いが気になるというならアルカディアに爵位渡してもいいしな。一応王様だからそれぐらいならなんとかなるだろうし」


 ジグの言葉を聞いたシアは、まるで肩の荷をおろしたような表情で俺を見る。


「……え、えっと、じゃあ、よろしく、です」

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追放された剣聖は断頭台から成り上がる〜恋人だった聖女に裏切られた【ナマクラ】の剣聖は、英雄も魔王も、神すらも斬り捨てる〜 ウサギ様 @bokukkozuki

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