老竜に望む⑨
言い争いをしている場合じゃない。戦争でも滅多に合わないような化け物を相手に足手まといを連れた状況なんだ。
久しぶりに感じる危機、冷や汗が流れながらもシアの体を掴んでその場を離れると竜の脚が振り下ろされて地下室への道が潰される。
「ぁ……ああっ!?」
「頼むから……俺のために危険を冒そうとしないでくれ……!」
走りながら手に持った手すりで洋館の壁を斬り刻んで外に出る。森に突っ込むのは火炎でやられて悪手、立ち向かうのはもちろん火炎でやられて悪手、平原のほうに向かうのも火炎にやられて悪手。
もちろんこうして迷っているのも──目の前に火炎が迫ってきて、シアを背に庇う。──当然、悪手だ。
「……面倒くさいんだよ!」
迫ってきていた火炎を手すりで真っ二つに斬り裂く。
「えっ、き、斬れるんですか!?」
「空気を払って壁にしただけだ。風が乱れているから連続はキツイし、距離が近くても無理だ。あんま期待するな」
状況が揃ってやっと出来る曲芸じみた剣技。本来の用途は魔法使いの常套手段である霧や砂埃による目潰しを払う程度の物だ。
「じゃあ、監獄でやってたあのドッシーン!ってなるやつで魔法を止めたのは!」
「あれはめっちゃ強く地面を踏んで揺らしてビビらせただけで、魔法を止める技じゃない」
「じゃあ僕が囮になるので、アルカディアさんはガガヤさんを探して逃げて……」
「証拠を消すのが目的らしいんだから逃げれるわけないだろ。竜は速いぞ。……まぁ、あれはかなりの老竜だから純粋な飛行速度ではまだ遅い方だが……馬で逃げられるような速さじゃない」
せめて一対一……あるいは……と、かつての仲間の姿を思い出して首を横に振る。ない物ねだりをしても仕方ない。
シアを守りながら状況を打破する方法を考えろ。
勝ち目はないわけではない。シアが近くにいない状況で近寄れたらどうにでもなる。……だが、相手はよほど警戒しているのか、あるいは証拠を消すためか先に障害物となる屋敷を破壊していっている。
見晴らしのいい状況だと竜の火炎は厳しい……と思っていると、ガガヤは慌てて洋館から出て馬を逃すように動いていた。
「……ガガヤを追わないのか。いや、そもそも……全員を逃すつもりがないんだったら、初撃を廃洋館ではなく馬にするはずだし……どうにも妙だな」
「お馬さんが可哀想だからでしょうか」
「その同情心を俺にも向けてほしかったな。……いや、まぁ、俺がいなければそんな対策は必要なかったし、馬も売れば高いからだろうか」
「……そういえば、外からだと僕達が誰かって分からないですよね。……聖女さん達も証拠隠滅のためにここにきてるはずで……」
と、シアが口にしてからぽそりと呟く。
「……もしかして、僕達ではなくて聖女さんを殺そうとしている……?」
「な、なんでだ」
「い、いや、分からないですよ。でも、外から中の人が誰かも分からずに攻撃したってことは、その可能性が高いんじゃないかと……」
俺を裏切ったメリアが他のやつに裏切られた? ……まさかな。
相手は火炎が効かないと思ったのか竜の尾で瓦礫を弾き飛ばして俺達を狙い、その全てを斬り刻むことで防ぐ。
「……怪我は」
「……ぁ、し、してないです」
こんな状況だというのにどこか惚けた様子のシアの身体を抱えて下がる。
やはり距離を取られたら厳しいな。竜が疲れるまで耐えるかと考えていると、飛び道具では効果がないと判断したのか竜がこちらに突進し、その勢いを付けたまま尻尾による薙ぎ払いをしようとし──すれ違いざまに巨大な尻尾を斬り落とす。
急に尻尾を失ったことでバランスを崩した竜の後ろ脚を斬り刻むと、せめてもの抵抗とばかりにこちらに倒れ込もうとしてくる。
牙でも尻尾でも炎でもなくとも、竜はそれでも竜である。圧倒的な体格で押し潰そうとしてくるが、この程度なら十度は経験している。
「──我流【屍潰し】」
こちらを押し潰そうとした竜の巨体を手すりによって押し返す。足一つと尻尾をもがれようとまだもがく老竜にトドメを誘うとした瞬間、乗っていた竜騎士が呟くように何かを唱える。
「治せ。【地より出ずる卑大な亜神】」
魔法の詠唱……? 魔法とは、魔力を糧に神から力を借りて、その力を人間が理屈でこねくり回して発動する術だ。
その際に神の名前を唱えるのは必須なのだが……聞いたこともない神の名前。戦場で戦い続けた俺が知らない神なんて……。
と考えた瞬間、斬られた竜の尾と脚の肉が盛り上がる。
「は? いや……それ……」
次の瞬間には骨と肉が構成され、皮と鱗がそれを包み込む。
思わず呆気に取られて、口を開く。
「……回復……魔法?」
俺の背後にいるシアも呆気に取られて「えっ、えっ」と繰り返す。
惚けていたのは一瞬、回復するのならば竜を一瞬で仕留めて騎士を捕らえなければ。
……この距離なら仕留められる。竜が振り下ろした前脚を手すりを振るって弾き返し、振るわれた巨大な尻尾を受け止める。
仕留めるぞ。といこうとした瞬間に竜の動きが変わり、その場で羽ばたき地面を飛び立つ。
空に登っていく竜の背中に乗る鎧兜は俺を見下ろしてギリリと歯噛みする。
「くっ……何故こんなところにナマクラが……!」
悔しがるような言葉と共に、紙が燃えた場所を見てから竜に指示を出して飛び立っていく。
みるみるうちに竜の姿は小さくなっていき、俺は全力で走ってそれを追いかける。
「ッッッ!! 待てッ! その魔法について教えろッ!! 逃げてんじゃねえよ!!」
存在しないと思っていた……回復魔法。竜の脚や尻尾が生えるのならば、人も同様に可能かもしれない。
もうどうしようもないと考えたいた、俺のかつての仲間の怪我が治せるかもしれない。
「待て! 待て……! その魔法をアイツに……! アイツに……!」
空を見上げていたせいか脚が瓦礫にひっかかり、転けても構わずに這っていこうとし、シアが追いかけてきて俺を止める。
「っ……無理ですっ! あんなの、絶対に追いつけっこないです! 落ち着いてくださいっ!」
「落ち着けるかっ!? あの魔法があれば、アイツの怪我も……」
と、振り払おうとした瞬間、シアの頬から、つーっと血が垂れていくのを見る。
一気に頭から熱が冷めて進もうとしていた手足を止める。
「シア……怪我、させたか。血が……」
「えっ、あっ、いや、これ……アルカディアさんが僕を庇ったときの血かと……」
そうシアが口にしたあと、どこか辛そうに苦笑する。
「……アルカディアさんは、人のことばかりです」
「そんなこと……。……悪い、逃した」
「いえ、無事でよかったです。すみません。僕がいたから……足を引っ張りました」
シアは深く落ち込んだ様子を見せて、俺と紙の引っ張り合いになった時に破れた紙の残りを眺める。
残った資料はたった一片で、書かれていた文字は「光神の再誕計画」とだけ。
「……まぁ、多分あっち側からしても大損害だし、別にいいだろ」
「あっちの損害なんて、どうでもいいんです。僕はただ、アルカディアさんの無罪を……」
崩れた廃洋館の中、なんと言えばいいのか分からずにいるとガガヤが駆け寄ってくる。
……シアは落ち込んでいるが、ともかく全員無事でよかった。
けれども……回復魔法についてはどうしても気になる。……最悪、単身で帝国に向かうことも考えてしまうぐらいだ。
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