老竜に望む⑩

 一応……ということで瓦礫を退かせて地下室を探るも、俺とシアはちゃんと資料を回収出来ていたのか紙の一枚も残っていなかった。


「……はぁ……まぁ、あの状況だと仕方なかったか」

「……そもそも、聖女さんを暗殺するつもりだったのなら、ちゃんとした資料を置いていったとは思えません。おそらくこの廃洋館では回復魔法ならびに【光神の再臨計画】についてのやりとりをしていたのだと思いますが、もしも切り抜けられた場合に困るでしょうし、パッと見ではちゃんとした資料に見えるけど、実際には嘘だらけぐらいのものかと」

「……まぁ、そう思う他ないよなあ」

「それでも……アルカディアさんの冤罪を晴らすのに役立ったかもしれませんが」

「それはどうでもいい」


 回復魔法はほしかった。……一度でいいから使えたらと思いもう一度ため息をついて瓦礫に腰掛けようとすると、シアはハンカチを取り出して俺が座ろうとしているところに敷き、俺はそれを手で取ってから座る。


「むぅ……。アルカディアさん……追いかけているときに言ってた「アイツ」というのは……」

「ああ。……昨夜も話した仲間だ。剣聖には補佐役の付き人がいると言っただろ。……無理を押して戦い続けて、取り返しの付かない怪我を負わせた。……右腕と左目、それ以外も全身傷だらけで……」


 大きく息を吐き出して目元を手で隠す。


「……償えるかもしれないと、そう考えて無理をしようとした」

「……今、その人は?」

「……怪我をしてから、会っていない。みっともない話だが……責められるのが怖い」


 シアは少し間を置いて、ぽすっと俺の隣に腰掛ける。


「いるんじゃないですか」

「……何がだ?」

「嫌われるのが怖くなるような、大切な人が。……アルカディアさん、他の人には嫌われてもいいみたいなこと言ってるじゃないですか。嫌われたくないってことは、まだ特別で大切なんでしょう」

「……どうだか」

「大切でもない人のために、あんな必死になったりしませんよ。どんな人だったんですか?」


 どんな奴か……本来なら話したくない内容だというのに、今は不思議と自然に口が開く。


「優しい奴だったよ。ケーキ以外にも色んなことを教えてくれた。綺麗な建物の話、美味しい食べ物とか、可愛い動物とか……毎日見ている夕日が……とても綺麗なものだと、教えてくれた」


 シアは俺の頭をよしよしと撫でて俺に笑いかける。


「優しい兄貴分みたいな人だったんですね」

「……兄貴分? いや……俺と同じぐらいの歳の女性だぞ」

「…………えっ」


 シアは目をパチクリと動かして、俺の頭を撫でていた手を止めて頬にまでずらす。


「えっいや……アルカディアさん。女性と二人きりで生活して、夕日の美しさについて語りあったりしたんですか?」

「な、なにか問題でもあったのか?」


 シアの様子がおかしいことに気がついて思わず尋ねると、シアはそのまま俺の頬を指で摘んで引っ張る。


「あるに……決まってるじゃないですか!? そんなイチャイチャする関係性の人がいて、聖女さんと交際してたり僕に好き好き言ってたんですか!?」

「好き好きとは言ってないけど……。あと、イチャイチャなんかしてないぞ」

「どう考えてもしてるでしょう! まったくこの人は……」


 シアは呆れと不満を混ぜたような表情を浮かべて俺の頬をぐにぐにと動かす。


「アルカディアさんは、その人に会いにいくべきです。怖いなら着いていってあげますし、一緒に謝ってあげます」

「……あっちは会いたくないだろうし」

「そう言ったんですか? 本人が」

「……そういうわけじゃないけど」

「なら、会いにいくべきです。……怪我をして苦しんでいるのだろうと思うなら、なおさら」


 ……ちゃんと謝れという意味だろうか。

 それは当然の道理だろうが、けれども……かつて信頼していたやつに責められるのは……辛い。それこそ、死んで逃げたくなる程度には。


「……名前はなんて言うんですか?」

「ナル……。ナイエル・クライエ。俺はナルと呼んでいた」

「ナルさんですか」

「まぁ、鈍刀の右腕、赤錆って二つ名の方が通りはいいだろうな。……シアが想像しているような関係じゃないからな。その時はメリアと交際していたわけだし」

「微妙に怪しい気がしてきました。……ちゅーとかしてないですよね?」

「してるわけないだろ」

「同衾とか」

「……いや、冬場とかは寒いから仕方ないだろ」

「アウト! アウトです!」


 いや、ナルとはそういうのじゃないし……。

 ガガヤは急な竜の来襲で怯えている馬を落ち着かせようとしながら俺に目を向ける。


「こりゃ多少無理してでも竜の匂いが残ってるここは去った方が良さそうだな。馬の方は俺が宥めておくから、お嬢の方を頼んでいいか?」

「え……やだ」


 俺が資料を囮にぶん投げたことがよほど嫌だったのか、それともナルとの関係が気になるのか、シアはまだ拗ねて頬を膨らませていた。


「拗ねてます。僕はとても拗ねてます。アルカディアさんには僕のご機嫌取りを要求します」

「ほら、面倒くさいだろ。俺も馬の方がいい」

「いや、馬は俺がするから」

「なんで二人して馬の方を取り合ってるんですかっ! アルカディアさんは僕の方にくるべきでしょう!」


 いやだって面倒くさいし……。と思っているとガガヤが「ほら、構ってやれよ」みたいな様子を見せて俺は渋々シアの方に目を向ける。


「あ、えっと……何を言えばいい?」

「どのコースでいきます? 松、竹、梅とありますが」

「コースあるんだ……じゃあ松で」

「ふふふ、真っ先に一番いいコースでいくとは、よほど僕にメロメロであることが見て取れますね」

「梅で」

「松コースはアルカディアさんがメイド服を着て萌え萌えご奉仕をですね」

「梅で」

「巫女服です」

「竹」

「ミニスカナース」

「ロクな選択肢がない……」


 馬を撫でて「どうどう」と言っているガガヤに目を向けるも、わざとらしく俺から目を逸らす。


「ガガヤ、俺も馬の方がいい」

「いや……俺がメイド服を着ても仕方ないし……」

「それは俺も同じだろ。ワガママ言わずにメイド服を着るんだ」

「いや、お嬢もすげえ嫌な顔してるじゃん。余計に機嫌が悪くなるだけだって」

「馬の機嫌が悪いと困るけど、シアの機嫌が悪い分には問題ないだろ……」


 ガガヤと二人で馬を宥めていると、シアは「僕は馬以下ですか……」といじける。いや……まぁ、うん。

 少し馬が落ち着きを見せはじめたので、とりあえずこの場に残っていても意味がないので出発することにする。

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